ほとんどパラダイス
カチッカチッ!
小気味よい音ともに、大きな火花が散った。
時代劇みたいー!
生ではじめて見たー!
テンションが上がり、ジッと見つめてると、おかあさんがにやりと笑った。
「なんや、やりたいんか?ほな、学美ちゃんにも鞍馬の火打石、買うたるさかい、それで毎朝かず坊を送り出してやってくれるか?」
……どさくさ紛れに、先のことを約束させられる。
ほんと、かないませんわ。
私は、ただただ苦笑して答えた。
「上総(かずさ)んが望むなら。」
しかしまさか2日連チャンで観劇することになるとは思わなかった。
今日のお席は、5列目センター。
嫌になるぐらいイイ席やわ。
開場と同時に入場し、隣にヒトが来るのをじっと待った。
開演10分前、いかにも朧たけた美しい年配の女性がやってきた。
シャキッとした佇まいと、品のいいお着物の着こなし。
踊りのおっしょさん、って感じ!
お連れは、若いお嬢さん。
お孫さんかしら。
2人が座席に座って落ち着かれるのを待って話しかけた。
「芳澤流のお家元でいらっしゃいますか?」
「……はい。」
目の笑ってない笑顔を向けられた。
一応、一旦立ち上がったけれど、目線が上からだと失礼かもと思い直し、狭い空間にしゃがみこんだ。
「はじめまして。紫原と申します。本日はお越しいただき、ありがとうございました。お家元を楽屋にお連れするよう、申し仕って参りました。よろしくお願いいたします。」
そう口上を述べて、最後に深々と頭を下げた。
「番頭さん?……じゃないですよね?どうぞ、お席に座ってください。ご丁寧に、ありがとう。よろしくお願いしますね。」
番頭とは、歌舞伎役者とお客様をつなぐ窓口のような存在で、チケットの手配や受け渡しをしたり、お客様を楽屋に案内したりするマネージャー的な立場のヒトだ。
上総んには番頭がいないが、師匠とぼっちゃんの番頭さんがチケットの手配をしてくださってる。
「ありがとうございます。失礼します。」
そう言ってから、座席に座り直した。
ドキドキする。
失礼はなかっただろうか。
祇園のおかあさんもそうだけど、このお家元もバリバリの京都人。
どんなに取り繕っても、粗(あら)を探されてしまいそうだ。
「しはらさん?和成ちゃんは身体の具合悪いん?先に観に来た孫が心配してたんやけど。」
まさか話しかけられると思わなかったので、驚いた。
……怖そうな外見と違って気さくなかたなんだ。
それに、和成ちゃん……何か、新鮮。
幼少期にこのお家元に自ら師事したって、上総ん、言ってたっけ。
ちっちゃい上総ん、かわいかっただろうなあ。
「はい。すみません。」
この場でどう言えばいいのかわからず、私はひたすらそう謝った。
お家元は私をじっと見つめて、ちょっと首を傾げた。
「去年の顔見世の時、和成ちゃんがお付き合いしてるお嬢さんがいるって言うてたけど、しはらさん?」
上総ん、そんなこと言ってたんだ。
泣きそう。
はい、と返事した声が震えた。
お家元は何度もうなずいてから私に笑いかけた。
「失恋鬱やったんか?和成ちゃん。大事な時に。阿呆やねえ。」
私を責めてはいらっしゃらないのに、ものすごーく胸が痛くなった。
小気味よい音ともに、大きな火花が散った。
時代劇みたいー!
生ではじめて見たー!
テンションが上がり、ジッと見つめてると、おかあさんがにやりと笑った。
「なんや、やりたいんか?ほな、学美ちゃんにも鞍馬の火打石、買うたるさかい、それで毎朝かず坊を送り出してやってくれるか?」
……どさくさ紛れに、先のことを約束させられる。
ほんと、かないませんわ。
私は、ただただ苦笑して答えた。
「上総(かずさ)んが望むなら。」
しかしまさか2日連チャンで観劇することになるとは思わなかった。
今日のお席は、5列目センター。
嫌になるぐらいイイ席やわ。
開場と同時に入場し、隣にヒトが来るのをじっと待った。
開演10分前、いかにも朧たけた美しい年配の女性がやってきた。
シャキッとした佇まいと、品のいいお着物の着こなし。
踊りのおっしょさん、って感じ!
お連れは、若いお嬢さん。
お孫さんかしら。
2人が座席に座って落ち着かれるのを待って話しかけた。
「芳澤流のお家元でいらっしゃいますか?」
「……はい。」
目の笑ってない笑顔を向けられた。
一応、一旦立ち上がったけれど、目線が上からだと失礼かもと思い直し、狭い空間にしゃがみこんだ。
「はじめまして。紫原と申します。本日はお越しいただき、ありがとうございました。お家元を楽屋にお連れするよう、申し仕って参りました。よろしくお願いいたします。」
そう口上を述べて、最後に深々と頭を下げた。
「番頭さん?……じゃないですよね?どうぞ、お席に座ってください。ご丁寧に、ありがとう。よろしくお願いしますね。」
番頭とは、歌舞伎役者とお客様をつなぐ窓口のような存在で、チケットの手配や受け渡しをしたり、お客様を楽屋に案内したりするマネージャー的な立場のヒトだ。
上総んには番頭がいないが、師匠とぼっちゃんの番頭さんがチケットの手配をしてくださってる。
「ありがとうございます。失礼します。」
そう言ってから、座席に座り直した。
ドキドキする。
失礼はなかっただろうか。
祇園のおかあさんもそうだけど、このお家元もバリバリの京都人。
どんなに取り繕っても、粗(あら)を探されてしまいそうだ。
「しはらさん?和成ちゃんは身体の具合悪いん?先に観に来た孫が心配してたんやけど。」
まさか話しかけられると思わなかったので、驚いた。
……怖そうな外見と違って気さくなかたなんだ。
それに、和成ちゃん……何か、新鮮。
幼少期にこのお家元に自ら師事したって、上総ん、言ってたっけ。
ちっちゃい上総ん、かわいかっただろうなあ。
「はい。すみません。」
この場でどう言えばいいのかわからず、私はひたすらそう謝った。
お家元は私をじっと見つめて、ちょっと首を傾げた。
「去年の顔見世の時、和成ちゃんがお付き合いしてるお嬢さんがいるって言うてたけど、しはらさん?」
上総ん、そんなこと言ってたんだ。
泣きそう。
はい、と返事した声が震えた。
お家元は何度もうなずいてから私に笑いかけた。
「失恋鬱やったんか?和成ちゃん。大事な時に。阿呆やねえ。」
私を責めてはいらっしゃらないのに、ものすごーく胸が痛くなった。