ほとんどパラダイス
「そうね。それに、上総んがココまでダメな男だとも思わんかったわ。たかが女一人のために、積み上げてきたもん全部台無し。何やってんの?もう!」

「ごめん。自分でもびっくりしてる。でも学美がいなきゃ何も意味をなさないって思い知らされた。生きる意味も見い出せない。」

「……ばーか。」

「うん。俺は馬鹿だ。自覚してる。でも、どこで間違えたんだろう、ってずっと考えてた。本当にもう取り返しがつかないのか、って葛藤してた。」

本当に、馬鹿ね。
私は、するりと上総んの背中に手を回した。
薄くなっちゃったなあ、と苦笑が漏れた。
「馬鹿過ぎてほっとけへんから、軌道修正できるまで、そばにいたげる。」
自分でも笑ってしまうぐらい高飛車な言い方をしてしまった。
さすがに上総ん、鼻白むかも……と、後悔した。

でも上総んは、首をぶるぶると横に振った。
「限定解除して。ずっと。永遠に、そばにいてほしい。」

正直なところ、約束はできない、と思った。
峠くんのこともあったし、自分の心に自信が持てなかった。
でも、それをそのまま今の上総んに言うことはできなかった。
ちょっと考えて、ずるい言い方をした。
「じゃあ惚れさせてよ。上総んしか見えないぐらいに、もう一度、舞台で輝いて見せてぇよ。」

上総んの目に動揺が走った。
「俺は……学美以外の女性との結婚を強要されるなら、役者はもういい、って思ってる。」

やっぱりそういう風に思ってしまったんだ。
まったくもう。
蓬莱屋の大旦那の想いも、私の覚悟も、上総んには逆効果でしかなかったんだ。
私はグイッと力を入れて上総んの胸を押して離れ、上総んの目を覗き込んで言った。
「わかった。それが上総んの結論なら、私も考え直す。他の女と結婚しろって、もう言わへん。」

上総んの目が輝いた。
「ほんと?じゃ、俺と結婚してくれるの!?」

……極端だよ、上総ん。
私は苦笑して、首を横に振った。
「しない。いわゆる梨園の妻にはならない。少なくとも、上総んがお父様の名跡を継いで、誰からも文句を言われない大看板になるまで、内縁の妻ならいいよ。」

「なに?それ。」
上総んの眉根が寄り、めっちゃ怪訝そうな顔をされた。

「私の結論。わかりやすい目標ができたらまた頑張れるでしょ?応援してるから。」
そう言って、まだ微妙な顔をしてる上総んの頬に軽くキスしてから、離れた。
「ほら、次の準備しないと。こわ~いお家元が客席で目ぇ光らせてはるよ。」

頬を抑えて、上総んは苦笑した。
「おっしょさんも怖いけど、俺は学美が怖いわ。独占させてくれへんてこと?」

「そう?ずっとそばにいれば、結果的に独占できるんちゃう?お互いに。」
ニッコリ笑ってそう言って、立ち上がった。
「じゃ、私も客席に戻るから、頑張ってね。あとで。」

上総んは、名残惜しそうに、渋々うなずいた。

楽屋は出たけれど、既に次の演目がかなり進んでいたので、ロビーで時間をつぶした。
社員さんや番頭さん、出番の終わった役者さんがたまに通るのを眺めてると、声をかけられた。

「お嬢さん。その着物は……」
聞き覚えのある柔らかい声に、ギクッとしながら振り返る。
ああ……やっぱり……。
蓬莱屋の大旦那だった。
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