ほとんどパラダイス
「戻ってほしくないの?弱ってる俺、かわいい?」

甘えてんじゃねーよ。
実際かわいいから、むかつく。

「私の体力がもたない。」
冗談じゃなく本音でそう言うと、上総(かずさ)んはさらにうれしそうに笑った。
「そこで何で喜ぶかな。……痛みがなくなるまで禁止ね。」

そう釘を刺すと、上総んは幸せそうにトマトジュースを飲みほしてから言った。
「じゃ、今夜は後ろの処女もらっちゃお。」
思わず耳を疑った。
「やだ!変態!絶対嫌!」
涙目で罵ったけど、上総んは艶めかしい瞳になった。
「大丈夫だよ。痛いことはしない。気持ちいいことしかしないから。」
ぶるぶると首を横に振った。
「恥ずかしい。無理。汚い。嫌。」
「汚くない。学美の全てが愛しい。俺に、ちょうだい。」
「やだ!」
てか、何で朝っぱらから、それもホテルとは言えレストランでこんな話してるのよー。
もう!
「食欲なくなった!お先。」
そう言って立ち上がったけれど、上総んはしれっと言った。
「食べないと余計苦しい想いするよ。ちゃんと洗浄からしたげるから。学美はなーんも心配しないで経験者に任せておきなさい。」

……経験者……そりゃ上総んは、どっちもしてきたわけでしょうけど。
てか、こういう時のこのヒト、絶対やるよな。
そして、私は、嫌だ嫌だって言っても、また流されてしまうんだ。
あああああ。
夜が怖い。

あ、そうだ!
言うの忘れてた。
席に座り直して前のめりになって言った。
「あのね、これから芳澤のお家元に通うなら松尾先生の家に泊ってもいいって言うてくださってるけど。来週から軽井沢に行くから空き家になるんだって。遠慮せずどうぞ、って。」

上総んはちょっと目を見張った。
「それはありがたい申し出だけど、ご迷惑じゃないのかな。留守宅に上がりこんで。」

「うん。あ!大事なこと言ってなかった。松尾先生、結婚されたの。だからお家って、素晴らしい近代建築の別荘で旦那様の書斎で……ああっ!中野大先生の資料が見放題ってことか!」
書斎ということは、書籍だけじゃなく資料もあるはず。
私の中にぶわっと野望が拡がった。

思わず両手を組んで、上総んにおねだりした。
「お願い!松尾先生のお家に滞在させてもらおう!ね!そうしよう!ね!ね!ね!」
上総んは、私のテンションの変わりように少し驚いたようだけど、得心したらしく、何度もうなずいて言った。

「学美がそうしたいなら、いいよ。旦那様も研究者さんなの?」
思わず両手を握ってガッツポーズ。
「やった!……うん。すごく有名な大先生なのに、穏やかで優しい老紳士でねえ、目がお悪いの。」
「ふうん。妬けるなあ。学美に褒めてもらってうらやましいなあ。いいなあ。」
「……阿呆か。80歳過ぎてらっしゃる神様みたいなかたよ。」

そう言いながら、少し胸が痛んだ。
上総んって、私と峠くんのこと、全く知らないんだろうか。
既に知ってて何も言わないのか、多少勘付いてるけど言わないのか、あるいは信頼してる峠くんだから疑いもしないのか。

考えると、勝手にため息がこぼれた。
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