ほとんどパラダイス
顔には出てないけど、上総(かずさ)さんも酔って饒舌なのかもしれない。
でなきゃ、今日はじめて逢った私に気軽に話せないだろう。

「祇園ですか?」
「正解。京都の人は話早いわ~。母は元芸妓。それでちっちゃい頃から何となく邦楽とか日本舞踊に馴染みがあって、自分もやりたくなってんわ。母には猛反対されてんけど、結局、師事したい師匠も見つけて勝手に習ったん。それが間違いやったというか、出る杭は打たれるというか……」
はあっとため息をついて、上総さんは肩を落とした。

「……人気出ちゃったんですか?」
「んー。うん、まあ。大変やったで。おばさんにもおじさんにももててもてて。幼心も体も傷つきまくり。よけいな世話焼かれて、持ち上げられて、引っ張られて、今に至る。」

幼心も体もって……。
じゃあ、上総さんも……。

自分の中に閉じ込めていたはずの恐怖心が急に蘇ってきた。
抑えようとしても、体が震え始めた。

「学美(まなみ)?」
私の様子がおかしいことに気づいたのだろう。

「……すぐ止まるから。」
かろうじて私はそう答えた。

上総さんは、もてあそんでいる私の手を少し強く握った。
血の気が引いた体に、上総さんの手から伝わる熱が再び戻ってきたように感じた。

「顔色悪い。何か思い出した?怖い?」
そう聞かれて、首を横に振った。
「大丈夫。私は……すんでのところでかわしてたから。過剰防衛を逆恨みされて放火されたけど。」
「……それはまた……壮絶やな。」
上総さんはそう言うと、そっと私の手を放し、ふわりと抱きしめてきた。

驚いたことに、私の体は嫌がってなかった。
むしろ、ぬくもりと安心感を覚えて、ホッとした。
上総さんにシンパシーを抱いたからだろう。

「酷い目に遭って来たね、お互い。ま、これからも災難は続くかもだけど。でもさ、美人は隠しても隠しきれないんだから、開き直ったほうがいいよ?」
上総さんはニッコリそう言った。

「開き直るって言われても……目立ちたくない。化粧もめんどくさい。シーズンごとに洋服を買い替えるお金ももったいない。」
そう言って上総さんから離れようとしたけれど、しっかりホールドされてて、逃れられなかった。

「でも、俺、学美の綺麗なところ、見てみたい。」

……そんな風に言われると……正直なところ、困った。

「まあ、一番綺麗なのは裸だろうけど、それはそれとして、今度見せてよ。お化粧した顔。おしゃれしておいで。」

……今度、があるんだ。
裸云々の戯れ言よりも、そっちに驚いた。
気まぐれにこんな風に声がかかったけれど、今日だけのことだと思ってた。
たぶん上総さんは、すごくもてるだろうし、女には全く不自由してなさそうなのに。
毛色の変わった遊び相手が欲しいのかな。

ドキドキを隠して、そっけなく言った。
「私、化粧下手だから、メイクダウンすると思う。」
「ほな12月までに練習しといて。一ヶ月間京都に滞在するから。」

12月?
まだ夏休みに入ったばかり、明日はやっと祇園祭の後の祭りなのに。
12月まで会えないんだ……。

そう落ち込む自分に気づいて、苦笑した。
今日だけって思ってるはずなのに、私、何を期待してるんだろう。

逢いたい?
もっと早く、上総さんに逢いたい?
そんな風に思ってるってこと?

「……はは……」
思わず乾いた笑いが口をついて出た。

上総さんが私の顔を覗き込んだ。

黒い綺麗な瞳……。
吸い込まれそう。
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