ほとんどパラダイス
「いつ帰るの?」
自分が何を聞こうとしてるのか、何を言おうとしてるのか、それすらわからない。

「明日。今日は、本当はご贔屓筋にご挨拶に来ただけだから。人手不足を手伝ったおかげで学美に会えたけど。明日の昼までには新幹線に乗る予定。」

明日……。

「じゃ、明日の朝……」
また来ていい?……そう聞こうとしてるのか、私。
いかんいかん。

言葉を飲み込んで黙っていると、上総さんがくみ取ってくれた。
「じゃ、明日の朝おいでよ。モーニング、一緒に食べよ?」

……何となく、ホッとした。
けど、おくびにも出さないふりをした。

「明日も朝から巡検。9時集合やし、慌ただしいねんけど。」
そんな風に言ってしまって、ちょっと後悔した。

誘ってもらってうれしいのに。
何で、意地はってるんだろう。
バカすぎるわ、私。

「じゃ~あ~、メーク道具持って、始発でおいで。俺が化粧したげるわ。」

は?
意味がわからない。

「歌舞伎のお化粧?」
「まさか。せっかく化粧映えしそうやのにもったいないから。まあ、任せて。」
自信たっぷりにそう言われた。



22時。
辞去しようとすると、上総さんはポチ袋をくれた。
「タクシー代。車、呼んでもらうよ?」

そんなの受け取れない!

「いいです。遠いし。たぶん足りないし。」
そう言って突っ返した。

「足りない?」
上総さんはぷっと吹き出した。

「滋賀なんで。電車で帰ります。」
そう言い張って、帰ってしまった。

……つくづく……かわいくない女。
帰りの電車の中で、自己嫌悪に陥ってしまった。



翌早朝……というか、夜明け前に、着信があった。
本当に始発で来い、ということだろうか。
渋々起きて、まだ薄暗いのに家を出た。
駅のホームで電車を待ってると、再び上総さんから着信。
「……はい。」
『おはよー。起きた?ちゃんと始発?』
「おはようございます。始発……ではないですね。3本めかな。」

そう言うと、電話のむこうで上総さんが不満そうな声になった。
『えー。始発って言ったのにぃ。』
「始発って5時前なんですけど。さすがにそれは……上総さんだって眠いでしょうし。」
『でも、学美、9時まででしょ?』
「……そうね。上総さんもお昼までやもんね。」
また、嫌な言い方しちゃった。
馬鹿だわ、私。

でも上総さんは、笑ってくれた。
『何?学美のバイト終わるの待っててほしかった?うれしいけど、これ以上は無理だな~。』

……怒らないんだ。
ホッとしたら、いつもの私が出てきた。

「わかった。じゃ、いい。」
何が「いい」んだか。

『そう?残念。俺は、本当はもうちょっと学美と仲良くなりたかったな。』
さらっとそんなこと言ってしまうんだ。

恋愛経験ゼロの私には、とても太刀打ちできない気がした。


上総さんの泊まるホテルに到着したのは、6時半。
……それでも、けっこう早く着いたよね?
ロビーで電話すると、昨日のお部屋に上がってくるよう指示された。

結局、あの部屋に泊まったの?
自分の部屋じゃない、って言ったのに。
ドアチャイムを押すと、上総さんが出てきた。

「嘘つき。」
挨拶もせずに、子供のようにそう言った私に、上総さんは目を丸くした。
「え?なに?なんで?」

心当たりがないらしい。

「昨日、ここ、俺の部屋じゃないって言うたやん。」
私がそう言うと、上総さんは、
「あー、そんなこと。なんだ。びっくりした。」
と、明らかにほっとして、笑った。

「ほら、また眉間に皺寄ってる。そんな不細工な表情しないの。入って。」

そう言って、上総さんは私の手を引いた。
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