ほとんどパラダイス
くやしい。
そんなこと言われて、我慢しなきゃいけないの?
まさか私が泣くと思ってなかったらしく、上総(かずさ)んはギョッとして、慌てて自分の胸に私の顔を押しつけるように抱きしめた。
「……ごめん。いや、ありがとう。」
「くやしい……むかつく……」
腹の底から暗い情念がこみ上げてくる。
「絶対、負けんといて。上総んが14代目になって。襲名披露観るまで、この恨み、絶対忘れへんから!」
私は、涙で歪む上総んを睨み据えて、そう宣言した。
上総んは、かなりびっくりしていたようだ。
「……本気……だよね、それ。」
思わず、上総んの胸を拳骨で叩いた。
ケホッ!と、上総んが胸を押さえて咳した。
「阿呆か!一生へらへら笑っとけ!もう、知らん!」
「ごめん。マジでがんばるから。……学美が観ててくれるなら、誰に何言われても、何されても、耐える。」
かっこよくはないけど、気持ちはちゃんと伝わってきた。
上総んの立場がどれだけ大変か、想像するだけで泣ける。
でも私は、もう一度上総んの胸を強く叩いた。
「やられたらやり返せ!ボケが!舞台出られんようにしたれ!」
上総んは、痛いだろうに、今度はそれでも私を離さなかった。
大阪での歌舞伎公演は、盛況に終わった。
上総(かずさ)んの代役は大当たりして、一気に名前も評判も上がった。
そのせいで、10月・11月の東京での公演も、ぼっちゃんの代役をさせていただけることになった。
「12月は端役に戻るけどね。1月の花形歌舞伎で役をもらえたよ。」
11月の連休、学会の前夜は上総んのお家に泊めてもらった。
「何するの?踊るの?」
手土産のフルーツゼリーをつつきながら尋ねた。
「和事。」
ニッコリ笑顔で上総んは私の口に差し入れでもらったというマカロンを押し込んだ。
……嫌いじゃないけど、苦手。
無理やり飲み込んでから、ゼリーの中のグレープフルーツで口の中を中和した。
「和事いいねー。じゃらじゃらした雰囲気、すごく似合いそう。甘えたさんだし。」
「……学美にだけ、だよ。」
苦笑する上総んは、やっぱりかわいかった。
翌朝、何も言わないのに、上総んは私にメークしてくれた。
「来年からお世話になる教授に会うんでしょ?少しでもイイ印象与えとかないと。」
松尾教授からイロイロ聞いてるのだろう。
念入りにお姫さまメークを施されて、ブルーな気分がいや増した。
「何か、媚びてるみたいで、すごく嫌。」
「そーお?化粧は礼儀だよ。うん、綺麗綺麗。胸張って、いってらっしゃい。」
珍しく、私はすりっと上総んの腕にしがみついて頬を擦りつけた。
「……そんなに行きたくないの?」
上総んの声が笑いを含んだ。
「うん。上総んの舞台観て、帰りたい。」
夕べ、ベッドで可愛がられたからか……素直にそんな風に言えた。
でも上総んはからかうように言った。
「卒論、自信ないの?」
「はあっ!?」
生来の負けず嫌いに火がついた。
「んなわけないでしょ!そのまま修士論文にだってなるわっ!」
「そうらしいね。松尾先生が誇らしげに言ってたよ。だから、自信を持って、いってらっしゃい。」
上総んはニコニコ笑って、私の唇にそっとキスしてから、軽く背中を押した。
そんなこと言われて、我慢しなきゃいけないの?
まさか私が泣くと思ってなかったらしく、上総(かずさ)んはギョッとして、慌てて自分の胸に私の顔を押しつけるように抱きしめた。
「……ごめん。いや、ありがとう。」
「くやしい……むかつく……」
腹の底から暗い情念がこみ上げてくる。
「絶対、負けんといて。上総んが14代目になって。襲名披露観るまで、この恨み、絶対忘れへんから!」
私は、涙で歪む上総んを睨み据えて、そう宣言した。
上総んは、かなりびっくりしていたようだ。
「……本気……だよね、それ。」
思わず、上総んの胸を拳骨で叩いた。
ケホッ!と、上総んが胸を押さえて咳した。
「阿呆か!一生へらへら笑っとけ!もう、知らん!」
「ごめん。マジでがんばるから。……学美が観ててくれるなら、誰に何言われても、何されても、耐える。」
かっこよくはないけど、気持ちはちゃんと伝わってきた。
上総んの立場がどれだけ大変か、想像するだけで泣ける。
でも私は、もう一度上総んの胸を強く叩いた。
「やられたらやり返せ!ボケが!舞台出られんようにしたれ!」
上総んは、痛いだろうに、今度はそれでも私を離さなかった。
大阪での歌舞伎公演は、盛況に終わった。
上総(かずさ)んの代役は大当たりして、一気に名前も評判も上がった。
そのせいで、10月・11月の東京での公演も、ぼっちゃんの代役をさせていただけることになった。
「12月は端役に戻るけどね。1月の花形歌舞伎で役をもらえたよ。」
11月の連休、学会の前夜は上総んのお家に泊めてもらった。
「何するの?踊るの?」
手土産のフルーツゼリーをつつきながら尋ねた。
「和事。」
ニッコリ笑顔で上総んは私の口に差し入れでもらったというマカロンを押し込んだ。
……嫌いじゃないけど、苦手。
無理やり飲み込んでから、ゼリーの中のグレープフルーツで口の中を中和した。
「和事いいねー。じゃらじゃらした雰囲気、すごく似合いそう。甘えたさんだし。」
「……学美にだけ、だよ。」
苦笑する上総んは、やっぱりかわいかった。
翌朝、何も言わないのに、上総んは私にメークしてくれた。
「来年からお世話になる教授に会うんでしょ?少しでもイイ印象与えとかないと。」
松尾教授からイロイロ聞いてるのだろう。
念入りにお姫さまメークを施されて、ブルーな気分がいや増した。
「何か、媚びてるみたいで、すごく嫌。」
「そーお?化粧は礼儀だよ。うん、綺麗綺麗。胸張って、いってらっしゃい。」
珍しく、私はすりっと上総んの腕にしがみついて頬を擦りつけた。
「……そんなに行きたくないの?」
上総んの声が笑いを含んだ。
「うん。上総んの舞台観て、帰りたい。」
夕べ、ベッドで可愛がられたからか……素直にそんな風に言えた。
でも上総んはからかうように言った。
「卒論、自信ないの?」
「はあっ!?」
生来の負けず嫌いに火がついた。
「んなわけないでしょ!そのまま修士論文にだってなるわっ!」
「そうらしいね。松尾先生が誇らしげに言ってたよ。だから、自信を持って、いってらっしゃい。」
上総んはニコニコ笑って、私の唇にそっとキスしてから、軽く背中を押した。