ほとんどパラダイス
学会は、某有名私大の講堂で賑々しく開催された。
会場で、私は思いっきり注目された。
むさい地味な歴史研究者達の中で、上総んの手腕によってお姫さまに化けた私は浮きまくっていた。

「まさに、掃き溜めに鶴だな。」
発表前なのにご機嫌さんな野田教授に話しかけられた。

「こんにちは。野田先生、ご無沙汰いたしております。」
なるべく笑顔をキープしてご挨拶した。
気を抜くと引きつってくるんだよな……。

「やあ。紫原(しはら)くん。夏の巡検の時にはお世話になりました。今日は遠くまでご苦労さま。」
「こちらこそ、その節はお世話になりました。」
慌てて頭を下げた。

野田教授は、他の人の発表してる間に、私の卒論の下書きとゼミ用レジュメ、資料を見てくださった。
「……なるほど。松尾教授の仰った通り……君は……」
途中で言葉を切って、野田教授は黙りこくった。
そして再び丹念に下書きを繰ってから、仰った。

「紫原くん、調査経験は?」
「調査ですか?お寺での仏像や軸物、大般若経、仏具の調査には参加したことがあります。」
「茶道具関係は?」
「ありません。茶道は習っていますので、道具の取り扱いは問題ありませんが。」
「わかりました。2月に京都に調査に行く予定になっています。紫原くんもいらっしゃい。」
「茶道具の調査ですか!うわっ!ありがとうございます!」

めちゃくちゃうれしい!
飛び上がりそうになって、慌てて自分を抑えた。
「でも2月って……こちらの院試を受けさせていただく予定なのですが……」

野田教授はこともなげに言った。
「名前書いて、適当にうめとけばいい。調査は院試の前ですが、参加してください。勉強になりますから。」

「……ありがとうございます。」
何だか、複雑な気分。
ありがたいけど、試験の意味って……。

でも、野田教授の私を見る目が変わったことはよくわかった。
今までのお姫さまメークの私ではなく、ちゃんと論文のレベルを推し量って研究者として評価してくれてるようだ。
確かな手応えをつかんで、意気揚々引き上げた。
……そういや、あの時の巡検の面子は見なかったけど……まあ、ほとんどが就職かな。

気づいたら、上総んの家に戻る予定だったのをすっかり忘れて、東京駅まで行ってしまっていた。
今夜も泊まる予定なのに。

……野田教授に教えていただいた資料の請求を急ぎたくて、自分の足まで急いでしまったらしい。
一瞬、このまま帰ろうかとも思ったけど、荷物も置きっぱなしだしなあ。

少し考えて、上総んの舞台を観に行く気になった。
お席完売でも、幕見席もあったよね。
天気も気分もいいので、歩いて移動した。

夜の部はもう始まっていたけれど、若干の空席があった。
しかも、劇場キープ分の放出だったらしく、5列目のほぼ真ん中!
これは、高くても買うべきでしょう!

案内嬢に先導してもらってお席についた。
……途中で入るのって、すごく気ぃ遣う……なるべく他のお客さんの迷惑にならないように屈(かが)んで歩く。
しかも、今回は前方過ぎて舞台からも丸見え。
曽我物だったため、舞台にはずらりと役者さんが並んで座っていて……主役以外みんな暇なので注視された。
その中には上総んもいて……明らかに笑いをこらえてこっちを見ていた。

うーん。

幕見席にしとけばよかった。
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