ほとんどパラダイス
実際のところ、今まで端役だったのが不思議なぐらい、上総んは何でもできた。

幼少期に自ら進んで習いだしたくらいだから舞踊は文句なし、芝居心もあり、声もいい。
何よりも、華がある。
突然真ん中に連れてこられても、臆せずにやり切る度胸。

もちろんそれは、人知れず重ねた稽古の上に立ってのものだが、天性のカリスマもある気がした。

私は舞台を観る度に上総んの大きさに怯え、逢瀬を重ねるごとに上総んに溺れた。





3月の最終週。
卒業式と謝恩会を終えた翌日、東京に引っ越した。

……さすがに上総んの家に同棲することはできない。
でも、通う学園よりも、上総んの家に通いやすい場所を選んでしまった。
まあ、デパートもあるし、河川敷が気持ちいいし……悪くないよね、うん。

まだ引越の荷物を片付け切ってない段ボール箱だらけの部屋に、千秋楽を終えた上総んが訪ねてきた。
「いいとこじゃない。」
たくさんの食料を持ってきてくれた上総んは、一番に冷蔵庫を開けて、苦笑した。
「やっぱり!ビールしか入ってない!もう~!ちゃんと食えって!」

「……だって、お水が美味しくないから……」
「水?買えばいいじゃん。浄水器つけるか。てか、それが冷蔵庫に酒しかない理由にはならないだろ。」
……上総んの言う通りだ。

「お水、おいしくない。おだし、おいしくない。学園の食堂、くそまずい。外食も味濃いし、やだ。」
珍しく私は、上総んに甘えてグズった。

「何?上京したその日にもうホームシックなの?」
からかう上総んの頬を軽く叩いた。」

「上京言うなー!東下りじゃ!」
そうわめいて、ボロボロと泣き出してしまった。
……完全に壊れてしまったみたい、私。

上総んは驚いてたけど、私を抱きしめて背中をさすってくれた。
「……そっか。ごめんごめん。関西が上方(かみがた)だよな。」
「そうや。何やねん、『地方出身』て!東京中心に考えんな!」
完全に、八つ当たりだ。
でも上総んは、邪魔にならない程度に同調してくれて、私の気が済むまであやしてくれた。
……居心地がよすぎて、私はそのまま泣き疲れて寝てしまった。



翌朝、上総んの腕の中で目覚めた。
ちゃんとベッドに運んでくれたらしい。

「……上総んが連れてってくれたお店は美味しかった。」
起きるなり、私はそう言った。

「なに?なんの話?夢の話?」
寝ぼけまなこでも、上総んはかっこよかった。
てか、色っぽい。
ドキドキして、ぐりぐりと鎖骨に頬を擦り付けた。

「ん~?くすぐったい。なに?どうしたの?」
「抱っこ。その後で、前に連れてってくれた割烹に行きたい。」
そうおねだりすると、上総んの目がパチッと開いた。

マジマジと私を見てから、上総んは言った。
「めずらしいね。学美が、性欲と食欲を訴えるって。」

性欲って!
そんなあからさまな言い方しなくても。
単に甘えたいと言うか、かわいがってほしいだけなんだけどな。

「あかん?」
上目遣いでそう聞くと、上総さんは相好を崩した。
「まさか。うれしいよ。……でも、あの割烹は夜しかやってないの。夕べできなかった分、一日中、ヤる?」

……いや、それは……私、壊れるわ。
「来月のお稽古もあるんでしょ?早めに上総ん家(ち)に行こ。お稽古観たい。」
そう言ってみたけれど、心の中では、だらだらと2人で寝転がってイチャイチャする一日もいいな、って思ってしまった。

これから、いくらでもできる……よね?
上総ん。
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