ほとんどパラダイス
周囲に誰もいないことを確認してから、再び松尾教授に言った。
「イケメンですよね?峠(とうげ)くん。」
松尾教授は何度もうなずいた。
「そうね。今回来てる学生の中では、群を抜いて彫りの深い子ね。でも、上総(かずさ)丈と真逆で、何て言うか、色気がないのよね。むしろ、バンカラ?」
確かに!
「なるほど……いかにも遊び慣れては、いないですね。」
何となくぼーっ……というか、飄々としてる峠くんの背中を目で追った。
てか、こうして離れて見てると、女の子たちが峠くんに熱い視線を送っていることがよくわかる。
峠くんは興味がないのか、気づかないのか。
「……結婚するならああゆう子もいいけど……ねえ?紫原(しはら)と峠くんじゃ進展しいひんでしょ。」
松尾教授はそう言ってから、私に耳打ちした。
「紫原、処女でしょ?最初は慣れた男のほうがいいわよ。」
「……」
私は言葉を失った。
確かにその通りなんだけど……どうしてわかるのかしら。
幼少期から危険と背中合わせだったけど、鉄壁のガードで、私は処女どころか、キスもなければ、男とつきあったこともない。
でもさ、別にいいじゃないの。
そのうち、適当な人とお見合いして、処女のまま結婚したって。
「そういういい加減なお付き合い、したくないから、このままでいいです。」
私はそう言い張ったけど、松尾教授はニヤニヤ笑っていた。
「肩肘はる必要ないわよ。楽しんでらっしゃいな。……上総丈、今は下っ端でも絶対出世するから、いいコネにもなるわよ。」
……コネ?
歌舞伎役者にコネなんて別にいらないけど。
てか、コネが欲しいのは松尾教授ご自身かもしれない。
一応専門は中世芸能史だけど、副業で能楽や日本舞踊の著書もあるし、テレビ出演もされてる。
今後、歌舞伎界に進出という野望もあらはるのかしら。
私は天を仰いで、ため息をついた。
「わかりました。とりあえず今日はご馳走になってきます。けど、私、院入試の勉強もあるし、遊んでられないんで!今日だけですよ。」
松尾教授は満足そうにうなずいた。
夜18時。
巡検御一行をホテルに送り届けて、ロビーで解散した。
……驚くほどピッタリなタイミングで私の電話が震えた。
「もしもし。」
『上総です。』
……脳に直接響いて染み入るには、上総さんの声は……良すぎた。
「……はい。」
『学美(まなみ)?』
「……はい。」
やっぱり呼び捨てされることに抵抗を感じて、返事をためらった。
『そのまま地階のフロントに行って名前言って。伝えてあるから。』
は?
「このホテルのフロント、ですか?」
驚いてそう確認すると、上総さんは楽しそうに言った。
『そう。ここ、俺の定宿(じょうやど)。……ほんと、ご縁があるよね。』
定宿……常連さんってこと?
それは、びっくりした。
てか、下っ端歌舞伎役者はこういう所に宿泊するのか……と、改めてキョロキョロと見渡した。
とてもシティホテルとは言えない、狭いホテル。
せいぜいビジネスホテル程度の規模でしかない。
歴史はあるけど、言いかえると、新しくはない施設。
華やかな世界のようでいて、下っ端は大変なんだな。
……ちょっとだけ、上総さんに対する見方が変わった気がする。
「わかりました。フロントにお尋ねすればいいんですね。……って、俺の部屋に来い、とか、やめてくださいね!そんなつもりないですから!」
思わずそう牽制した。
電話の向こうで上総さんが笑った。
『はいはい。俺の部屋じゃないから、安心してどうぞ。じゃ、待ってるよ。』
プッと電話が切れた。
……参った。
役者だから?
上総さん特有?
エエ声すぎて、クラクラする。
「イケメンですよね?峠(とうげ)くん。」
松尾教授は何度もうなずいた。
「そうね。今回来てる学生の中では、群を抜いて彫りの深い子ね。でも、上総(かずさ)丈と真逆で、何て言うか、色気がないのよね。むしろ、バンカラ?」
確かに!
「なるほど……いかにも遊び慣れては、いないですね。」
何となくぼーっ……というか、飄々としてる峠くんの背中を目で追った。
てか、こうして離れて見てると、女の子たちが峠くんに熱い視線を送っていることがよくわかる。
峠くんは興味がないのか、気づかないのか。
「……結婚するならああゆう子もいいけど……ねえ?紫原(しはら)と峠くんじゃ進展しいひんでしょ。」
松尾教授はそう言ってから、私に耳打ちした。
「紫原、処女でしょ?最初は慣れた男のほうがいいわよ。」
「……」
私は言葉を失った。
確かにその通りなんだけど……どうしてわかるのかしら。
幼少期から危険と背中合わせだったけど、鉄壁のガードで、私は処女どころか、キスもなければ、男とつきあったこともない。
でもさ、別にいいじゃないの。
そのうち、適当な人とお見合いして、処女のまま結婚したって。
「そういういい加減なお付き合い、したくないから、このままでいいです。」
私はそう言い張ったけど、松尾教授はニヤニヤ笑っていた。
「肩肘はる必要ないわよ。楽しんでらっしゃいな。……上総丈、今は下っ端でも絶対出世するから、いいコネにもなるわよ。」
……コネ?
歌舞伎役者にコネなんて別にいらないけど。
てか、コネが欲しいのは松尾教授ご自身かもしれない。
一応専門は中世芸能史だけど、副業で能楽や日本舞踊の著書もあるし、テレビ出演もされてる。
今後、歌舞伎界に進出という野望もあらはるのかしら。
私は天を仰いで、ため息をついた。
「わかりました。とりあえず今日はご馳走になってきます。けど、私、院入試の勉強もあるし、遊んでられないんで!今日だけですよ。」
松尾教授は満足そうにうなずいた。
夜18時。
巡検御一行をホテルに送り届けて、ロビーで解散した。
……驚くほどピッタリなタイミングで私の電話が震えた。
「もしもし。」
『上総です。』
……脳に直接響いて染み入るには、上総さんの声は……良すぎた。
「……はい。」
『学美(まなみ)?』
「……はい。」
やっぱり呼び捨てされることに抵抗を感じて、返事をためらった。
『そのまま地階のフロントに行って名前言って。伝えてあるから。』
は?
「このホテルのフロント、ですか?」
驚いてそう確認すると、上総さんは楽しそうに言った。
『そう。ここ、俺の定宿(じょうやど)。……ほんと、ご縁があるよね。』
定宿……常連さんってこと?
それは、びっくりした。
てか、下っ端歌舞伎役者はこういう所に宿泊するのか……と、改めてキョロキョロと見渡した。
とてもシティホテルとは言えない、狭いホテル。
せいぜいビジネスホテル程度の規模でしかない。
歴史はあるけど、言いかえると、新しくはない施設。
華やかな世界のようでいて、下っ端は大変なんだな。
……ちょっとだけ、上総さんに対する見方が変わった気がする。
「わかりました。フロントにお尋ねすればいいんですね。……って、俺の部屋に来い、とか、やめてくださいね!そんなつもりないですから!」
思わずそう牽制した。
電話の向こうで上総さんが笑った。
『はいはい。俺の部屋じゃないから、安心してどうぞ。じゃ、待ってるよ。』
プッと電話が切れた。
……参った。
役者だから?
上総さん特有?
エエ声すぎて、クラクラする。