ほとんどパラダイス
「ほら!ダメだって。ちゃんと食べなきゃ。」
上総(かずさ)んはそう言って、おしながきを手に取った。
「いい。お茶漬け食べるなら、もう、無理。上総んこそ、お茶漬けだけ?食べて来たん?お酒は?」
「や、家でお稽古したいから、今日はやめとくよ。」
来月の演目かな。
大変そうだけど……楽しみ。
「え~?初日開いて、もう1週間たつのに、まだお稽古されるんですか?」
美子さんがかわいい声で上総んにそう聞いた。
上総んは、ニッコリと極上の営業スマイルで答えた。
「このところ身に余る大役ばかりいただいてるので、どれだけお稽古しても足りないんですよ。私は器用な人間ではありませんので、地道にお稽古するしかなくて。」
……充分、器用にこなしてると思うけどね……まあでも、思ってた以上にお稽古するヒトではあったな、うん。
そして私は、上総んのお稽古を見てるのがけっこう好きみたい。
いつも優しい甘~い上総んの目が、ひたすら自分の深淵を探究する求道者のようになって……私はますます惚れこんでしまう気がする。
「へえ。歌舞伎俳優ってもっと遊んでるもんだと思ってました。意外と真面目なんすね。」
加倉のけっこう失礼な言葉にも上総んは笑顔で返した。
「遊んでるところばかりクローズアップされがちですけどね。舞台に立つ限りはお稽古も必要ですから。逆に私は、派手に遊んでも立派に舞台を勤めてらっしゃるかたがたを尊敬してますよ。私にはとてもできませんから。」
私と美子さんに睨まれても、加倉は臆せずマジマジと上総んを見ていた。
運ばれてきたお茶漬けは、本当に美味しかった。
鯛味噌だけでもご飯が美味しくいただけそう。
「……じゃあ、先に帰るよ。学美はお友達とゆっくりしておいで。大将、お勘定お願いします。」
上総んはそう言って立ち上がった。
「え!帰っちゃうんですか?」
残念そうな美子さんに、上総んは苦笑して見せた。
「私がいると、お友達同士のお話も弾まないでしょうから、今日は失礼します。またご一緒させてください。」
それから私の肩にそっと手を置いて言った。
「じゃあね。お店出る時に連絡ちょうだい。迎えに来るから。」
「は?いらんいらん。お稽古するんやろ?邪魔する気ぃないし。1人で帰る。」
「……どこに?」
上総んの手と声に力がこもった。
「家。」
と答えると、上総んの顔が悲しそうに歪んだ。
そりゃ上総ん家に泊まるほうが、私も楽だけどさ。
何と言っても近いし。
でも、美子さんや加倉がすぐそばにいる、このシチュエーションで気恥ずかしいんだけど。
「よけりゃ、俺がお送りしますよ、お宅へ。」
加倉が上総んに向かってそんなことを言い出した。
「はあ?なんで加倉が?いらんって。子供じゃないねんから。」
思わずそう言うと、加倉が顔をしかめた。
「中身はともかく、お前、客観的に美人だし。自覚ないみたいだけど。何かあってからじゃ遅いだろーが。」
……言い返せない。
「加倉くん、えらい!ゲイでも紳士的!」
美子さんが加倉の肩にしなだれかかってそう褒めた。
加倉は慌てて美子さんの頭をぐいっと押しやった。
上総んは加倉にほほ笑みかけた。
「ありがとう。……加倉くん?学美と同級生なんですよね?よろしくお願いします。」
「や。こちらこそ。どうも。」
加倉は明らかに、照れた!
「ちょ!上総ん!ファンとご贔屓以外に愛想ふりまかなくていいから!」
思わずそう言って、上総んの手の甲をペシッと叩いてから、背中を押した。
「ぃてっ!……わかったわかった。じゃあね。」
上総んは、お会計をすませると、ひらひらと手を振ってから店を出てった。
上総(かずさ)んはそう言って、おしながきを手に取った。
「いい。お茶漬け食べるなら、もう、無理。上総んこそ、お茶漬けだけ?食べて来たん?お酒は?」
「や、家でお稽古したいから、今日はやめとくよ。」
来月の演目かな。
大変そうだけど……楽しみ。
「え~?初日開いて、もう1週間たつのに、まだお稽古されるんですか?」
美子さんがかわいい声で上総んにそう聞いた。
上総んは、ニッコリと極上の営業スマイルで答えた。
「このところ身に余る大役ばかりいただいてるので、どれだけお稽古しても足りないんですよ。私は器用な人間ではありませんので、地道にお稽古するしかなくて。」
……充分、器用にこなしてると思うけどね……まあでも、思ってた以上にお稽古するヒトではあったな、うん。
そして私は、上総んのお稽古を見てるのがけっこう好きみたい。
いつも優しい甘~い上総んの目が、ひたすら自分の深淵を探究する求道者のようになって……私はますます惚れこんでしまう気がする。
「へえ。歌舞伎俳優ってもっと遊んでるもんだと思ってました。意外と真面目なんすね。」
加倉のけっこう失礼な言葉にも上総んは笑顔で返した。
「遊んでるところばかりクローズアップされがちですけどね。舞台に立つ限りはお稽古も必要ですから。逆に私は、派手に遊んでも立派に舞台を勤めてらっしゃるかたがたを尊敬してますよ。私にはとてもできませんから。」
私と美子さんに睨まれても、加倉は臆せずマジマジと上総んを見ていた。
運ばれてきたお茶漬けは、本当に美味しかった。
鯛味噌だけでもご飯が美味しくいただけそう。
「……じゃあ、先に帰るよ。学美はお友達とゆっくりしておいで。大将、お勘定お願いします。」
上総んはそう言って立ち上がった。
「え!帰っちゃうんですか?」
残念そうな美子さんに、上総んは苦笑して見せた。
「私がいると、お友達同士のお話も弾まないでしょうから、今日は失礼します。またご一緒させてください。」
それから私の肩にそっと手を置いて言った。
「じゃあね。お店出る時に連絡ちょうだい。迎えに来るから。」
「は?いらんいらん。お稽古するんやろ?邪魔する気ぃないし。1人で帰る。」
「……どこに?」
上総んの手と声に力がこもった。
「家。」
と答えると、上総んの顔が悲しそうに歪んだ。
そりゃ上総ん家に泊まるほうが、私も楽だけどさ。
何と言っても近いし。
でも、美子さんや加倉がすぐそばにいる、このシチュエーションで気恥ずかしいんだけど。
「よけりゃ、俺がお送りしますよ、お宅へ。」
加倉が上総んに向かってそんなことを言い出した。
「はあ?なんで加倉が?いらんって。子供じゃないねんから。」
思わずそう言うと、加倉が顔をしかめた。
「中身はともかく、お前、客観的に美人だし。自覚ないみたいだけど。何かあってからじゃ遅いだろーが。」
……言い返せない。
「加倉くん、えらい!ゲイでも紳士的!」
美子さんが加倉の肩にしなだれかかってそう褒めた。
加倉は慌てて美子さんの頭をぐいっと押しやった。
上総んは加倉にほほ笑みかけた。
「ありがとう。……加倉くん?学美と同級生なんですよね?よろしくお願いします。」
「や。こちらこそ。どうも。」
加倉は明らかに、照れた!
「ちょ!上総ん!ファンとご贔屓以外に愛想ふりまかなくていいから!」
思わずそう言って、上総んの手の甲をペシッと叩いてから、背中を押した。
「ぃてっ!……わかったわかった。じゃあね。」
上総んは、お会計をすませると、ひらひらと手を振ってから店を出てった。