ほとんどパラダイス
テーブルに両肘をついて、じっと上総(かずさ)さんを眺める。

……見れば見るほど、綺麗なお顔。
高過ぎない綺麗なシルエットの鼻を中心に、目も眉も唇も耳も、上品に整然とおさまっている。
お肌も白くて、しみとか吹き出物もなくて、つるりんとしてて……触ってみたくなる。

さすがに酒量が多くてテンションが上がってるのか、私は無意識に手を伸ばして……途中で気づいて、慌てて引っ込めた。
危ない危ない。

「それじゃ、大学院を目指してるの?」
食事を終えた上総さんと、ソファに移動して、飲み直した。

「うん。でも松尾先生と専門が違うから~、ちょっと悩み中。」
「そうなんだ?……でもあの先生、おもしろいおばあちゃんだよね。」
クスクスと楽しそうに上総さんが笑う。

「あの歳で腐女子だから。義満と世阿弥とか~、若衆歌舞伎とか、大好物なの。上総さんは、男より女がお好き?……でも、男にももてそう~~~。つるつる。」

やっぱり私、酔ってる。
さっきと違ってすぐ隣にいるとはいえ、つい、上総さんの白い頬に触ってしまった。

あ……。
しまった。
意識して、そのまま硬直してしまった。

上総さんは、頬を触ってる私の手に自分の手を重ねると、そっと自分の唇に寄せた。
指や手の甲、手首の内側にキスを繰り返されて、私はますます固まってしまった。

……男に無理矢理手を取られたり、抱きつかれたりされたことはあったけど……こんな風に優しく迫られるのははじめてだ。
恥ずかしいけれど、嫌な気がしない。
ただ、どんな顔をしてればいいのか、わからない。
私は、顔をそらして、手も振りほどこうとした。

「あ、嫌だった?ごめんごめん。」
……私が振りほどく前に、上総さんは唇を離した。
でも、しっかりと手はつないだまま……。
ゆるゆると手の甲を撫でられたり、指を絡ませたり……。

「学美(まなみ)も。つるつる。ふにふに。」
上総さんはそう言って、もう一方の手で私の頬を撫でた。

……動けない。

「白い頬が赤くなった。」
クスッと笑って上総さんがからかった。

カッとして、私は自分の頬を撫でている上総さんの手をピシャッ!と叩いた……つもりが、自分の頬を叩いてしまった。

「痛ーい!」

……さすがに阿呆すぎる。
私、たぶん酔ってるんやわ。
そう思わないと、恥ずかしくていたたまれない。

上総さんは驚いて、私からパッと両手を離した。
「……大丈夫?冷やす?」
そう言って、アイスペールから氷を1つ、つまみ上げてくれた。

「うん。痛い。……もう、やだ。」

涙が込み上げてきた。
いつもの自分じゃない。
完全にペースが崩れてる。
どうふるまえばいいのか、わからない。

「学美……ちゃん?泣いてるの?え?泣き上戸?」

私の背中に手を回した上総さんに、今度はポカスカと両手の拳で軽く叩き続ける。

「違うもん!何なーん?もう!どうすればいいか……どんな顔すればいいか……わからへんねんもん……」
涙がボロボロとこぼれ落ちた。
……確かに酔ってるのかもしれない。

叩かれるままになっていた上総さんは、私の涙を両手の指で払ってから、そのまま両頬を捕まえて……顔を近づけた。

キスが来る!?

私は目も口もギュッとつぶって、首をすくめた。
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