翠花火
☆
〈翠花火、かぁ〉
大きな目を輝かせて、少年は言った。
〈で?修平は何のお願いごとをしたの?〉
〈俺?俺は“来年も紗季と翠花火を見れますように”ってさ〉
目の前の少年に目線を合わせてしゃがみ込み、
頭をぽんぽん、と撫でた。
少年は不機嫌な顔を見せて俺の手を振り払うと、
一つ咳払いをしてみせた。
〈やめろってば!子供じゃないんだから〉
〈え?お前どっからどう見たって子供だろ〉
〈うるさい〉
〈はいはい、悪かったよ〉
少年の青い瞳が揺れるのを見ると、
どうしたってからかいたくなる。
怒ってるくせに、今にも泣きそうに
目に涙が浮かんでいくのが面白くて、可愛くて。
少年はそっぽを向いて口を開いた。
〈その翠花火の噂は嘘だったんだね〉
〈なんでだよ〉
〈だってその願い、もう叶わないじゃんか〉
〈お前ね・・・傷抉んなよな〉
少し肌寒い、秋の夜。
冷たい風を感じながら
やんちゃな子供のようにじゃれ合う俺たちの横に、
背の高い1人の男が静かに立った。
〈茜・・・〉
茜はふうっと一つ息をつくと、
空を見上げてポツリ、ポツリと呟いた。
「あいつらもアホだねぇ。
どっちにも早く好きだって言え!って言ってやったのに。
どっちも言わない、なんてさ。
バカみたいな願いごとしやがって」
それはきっと、俺たちのこと。
茜は更に続けて言った。
「“もう喧嘩なんかしませんように”と
“来年も一緒に見られますように”ね。
そんなちっさな願い、
わざわざこんなとこでしなくてもいいだろうに」
“修平と、もう喧嘩なんかしませんように”
“紗季と、来年もこの場所で翠花火が見れますように”
それが、俺たちの願い。
あの時願った、たった一つのお願いごと。