翠花火
☆
いつもなら2人で帰るバスの車内も、
ここ最近はずっと1人だった。
喧嘩をした日から、紗季はいない。
お互いがぎくしゃくしながら、
なんとなく避けあっているようで。
少ししか乗っていないこの古びたバスの車内に、
1人で乗るのは慣れない。
いつもなら、紗季がうるさいくらい話題をくれて、
そうしてふざけ合いながら楽しい時間を過ごしていたのに。
一番奥の、一番端っこで、1人。
窓ガラスに頭を預けて動いていく景色を眺めていた。
日も傾き、薄暗くなる道の中。
浴衣姿で歩く人をちらほらと見かける。
みんな花火大会へ行くんだろうか。
そんなに綺麗に着飾って向かう先には、
きっと素敵な相手が待っているんだろうな。
あんなふうに、紗季も浴衣を着て、
慣れない下駄を引きずるように歩いて、
そうして向かう先には茜が待っているんだろうか。
そんな茜のそばにかけよって、
そうして俺に見せてくれていた笑顔を向けるのだろうか。
『好きだよ・・・』
ポツリと呟いた言葉は、この静かな車内に良く響く。
それはもう、はっきりと。
『俺だって、好きなんだよ・・・』
言えない。
そんなこと、今さら言えないんだよ。
こんなところでなら言えるくせに、
あいつには言えないんだ。
それは近づきすぎたこの距離のせい。
あまりにも近すぎるこの関係が、
一番辛いことを一人になって初めて知った。