翠花火






いつもなら2人で帰るバスの車内も、
ここ最近はずっと1人だった。


喧嘩をした日から、紗季はいない。


お互いがぎくしゃくしながら、
なんとなく避けあっているようで。



少ししか乗っていないこの古びたバスの車内に、
1人で乗るのは慣れない。


いつもなら、紗季がうるさいくらい話題をくれて、
そうしてふざけ合いながら楽しい時間を過ごしていたのに。






一番奥の、一番端っこで、1人。


窓ガラスに頭を預けて動いていく景色を眺めていた。



日も傾き、薄暗くなる道の中。


浴衣姿で歩く人をちらほらと見かける。



みんな花火大会へ行くんだろうか。



そんなに綺麗に着飾って向かう先には、
きっと素敵な相手が待っているんだろうな。



あんなふうに、紗季も浴衣を着て、
慣れない下駄を引きずるように歩いて、


そうして向かう先には茜が待っているんだろうか。



そんな茜のそばにかけよって、
そうして俺に見せてくれていた笑顔を向けるのだろうか。








『好きだよ・・・』







ポツリと呟いた言葉は、この静かな車内に良く響く。


それはもう、はっきりと。










『俺だって、好きなんだよ・・・』










言えない。


そんなこと、今さら言えないんだよ。



こんなところでなら言えるくせに、
あいつには言えないんだ。




それは近づきすぎたこの距離のせい。



あまりにも近すぎるこの関係が、
一番辛いことを一人になって初めて知った。




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