ビューティフル・ワールド
その笑顔は屈託がなく、少なくとも彼女は自分に対して友好的ではあるということを、柳瀬は確信した。
加えて彼女はずいぶん開けっぴろげな性格らしい。踏み込んだ質問をしても大丈夫そうだ、と踏んだ。
「今はフリーランスみたいだけど、どことも契約しないって言っていたのは本気?」
「うん。」
「どうして?」
「どうして?」
りらがオウム返しに言って顔をしかめる。
何故そんなわかりきった質問をするのか、という顔だった。
「長期的な契約をすれば活躍の場が広がるだろ? 良い話はいくらでもあるんじゃないか?」
「だけど、もう欲しい賞は大体取ったよ。」
「賞のために描いてるわけじゃないだろ?」
「名声のために描いてるわけでもない。」
「それはそうだろうけど」
短い沈黙。りらは黙り込んだわけではなく、もぐもぐとよく食べているだけだ。ワインでうまそうに流し込んでから、口を開いた。
「…賞は、必要だったから取った。親がね。画家なんてって言うような輩だったから。なるべく華々しい実績を積んで見せつけなきゃいけなかったんだ。」
柳瀬が大学を卒業し、美術商としてのキャリアをスタートさせ、画廊を転々と渡り歩いている間に、りらは飛ぶ鳥を落とす勢いで国内外の有名な賞を総舐めにしていっていた。
ニュースに出たこともあるし、新聞にも何度か名前が載り、雑誌にはもてはやされる。美術界だけでなく、一般的にも茅野りらの名前は画家としてはかなり知られているといえる。
そういうつまらないことが大事だったんだ、と彼女は言った。
「だけどその親ももう死んだ。遺産も入って金には困らない。賞もこれ以上はもういらない。あとは好きに描きたい。」