ビューティフル・ワールド
遺産などなくても、今やりらの絵は目玉の飛び出るような値段で飛ぶように売れていた。そんな画家はこの現代日本でそうはいない。
今後一銭も稼がなくたって問題がないのだというりらの言い分はもっともだった。
「家もね、実家は売って、今住んでるのは叔父の家。その叔父もだいぶ前に死んでるけど。良い家でしょ?」
「ああ、うん。画家らしいっていうか。居心地の良さそうな。」
しかも都会の喧騒から一本路地に入った、都内の一等地にある。
そうそう、とりらは嬉しそうに頷いた。
「絵の世界を教えてくれたのは叔父でね。生涯独身だったから可愛がってくれて。私は両親と折り合いが悪かったからよくあの家に匿ってもらって、絵を描いてた。越してからリフォームはしたけど。」
モダンと古民家が融合したようなセンスを思い返し、柳瀬は納得した。
「まああそこで好きなように描いて、作品が溜ったらどこかで個展を開こうと思ってる。」
「うちのギャラリーを嫌いっていうのは?」
「ああ」
りらは肩をすくめた。
「オーナーが嫌い。あの化粧の濃いババア。」
「……」
柳瀬の直属の上司に当たるオーナーは、美術界では名が知られている、確かに派手ではあるが、まあ概ね美人で通るはずの女性だった。
そのコネクション目当てでギャラリーメイユールに入り、恩恵に預かっているのは間違いないので、やたらと激しいスキンシップと、流し目に辟易していることは言わないでおくことにした。
「何か、あったのか?」