ビューティフル・ワールド
他でもないそのオーナーが自分をりらの元へ向かわせたのである。
その時は、女性画家には美青年の自分が行く方が適任だろうと深くは考えなかったし、何より茅野りらに会ってみたかったから、二つ返事で承諾したが、
確かにりらほどの大物の画家であれば、オーナー自身が赴くと言ってもおかしくないはずだと思い当たった。
「いつだったかなあ、まだ学生の頃だけど。」
りらの目が剣呑に細められる。
「作品を持ち込んで個展をやらせて欲しいって直談判しに行ったんだ。断られたよ。」
それは、よくある話だろう。逆恨みでは。
そんな疑問を挟む前にりらが続けた。
「作品を、見なかったんだ、あの女。私を上から下まで舐めるように見て、隠そうともせず気に入らないって顔をして追い出した。同期のしょうもないのばっかり描くそこそこ可愛い顔した男の個展は開いたのに。」
それから鼻で笑って言い捨てた。
「美人が嫌いなんだろ。」
他人のことは言えないが、自分のことをてらいもなく美人だと言うことにも驚いたし、そんなことが理由なのかとも呆れたが、
まああり得る話だと思ってしまう上司を持っていることが情けない。
「名が売れたからって今更ムシのいい話だ。あの女が土下座でもして泣いて頼んだら考えるけど、良い男を寄越すっていう魂胆も気に入らない。」
りらは答えあぐねている柳瀬を見て笑った。
「低次元な女の争いだとか思ってるんだろ。」
「いや、…意外と俗っぽいところがあるんだなとは。」
「いいよいいよ。お前みたいな男にはわからない話だ。」
顔の横で虫を追い払うような仕草で片手を振られて、柳瀬は苦笑してしまう。
どんなことに毒づいても、りらの口調はあくまでもからっと乾いていて気持ちがいい。