ビューティフル・ワールド
「まあいいんじゃないか、お前みたいな男は何も描かなくたって、自分自身が絵みたいなもんだろ。」
「他に何も無いみたいに言うなよ。俺は有能だぞ。」
「別にそうは言ってないけど、仮に無能でも、お前には価値がある。お前は、野垂れ死んでも、価値がある。」
妙に力強く言い切られ、柳瀬は笑った。
容姿ばかり褒められても、これまでの人生で度々感じてきたような不愉快さは覚えなかった。
りらはただ純粋に、実に画家らしい視点で感動し、それを率直に表明しているだけだった。
「茅野りらにそこまで言ってもらえるなんて光栄だ。」
「生まれただけで価値があるなんて、なかなかあることじゃない。稀だ。すごいことだ。」
まだこだわっている。
俯いて、両手で持ったグラスを見つめながら、呟くように小さな声で、しかしはっきりと、りらが言った。
「多くの人は、価値あるものを、作らなきゃならない…」
多くの人は。
りらの口からそれを聞くと、不思議な響きがした。
柳瀬にとっては、自分こそが"多くの人"に分類され、りらの方が、ごく少ない、選ばれた人だった。
だけど、そうではないのかもしれない。
一点から動かなくなったその眼と、その言葉が語っていた。
りらは、まだ、闘っている。
あらゆる賞を取っても、その才能でねじ伏せた両親が死んでも、世間から賞賛され、求められ、描いた絵が次々に売れても、まだ。
価値あるもののために。