ビューティフル・ワールド
2.
この夏、白林(びゃくりん)美術館で茅野りらの個展が開かれる、という朝のニュースを見た時、柳瀬は飲んでいたコーヒーを吹きかけた。
オーナーの伊東愛美はまだ来ておらず、一人だった。
白林美術館といえば、国内有数の伝統ある美術館だ。数年前に建て替えられ、革新的なデザインの建築で話題になって以降、近現代の企画展にも意欲旺盛だ。
白林美術館にとっても、りらにとっても、メリットの大きい、ビッグプロジェクトに違いなかった。
「やられたわ。」
オーナーが挨拶もなしにヒールをつかつかと鳴らしながら入り込んできて、美術雑誌を数冊、乱暴にテーブルに叩きつけた。
柳瀬はコーヒーの入ったカップを慌てて遠ざけなければならなかった。
「おはようございます、伊東さん。」
不機嫌さを前面に出している伊東愛美を宥めるように、柳瀬は優美な笑顔を作った。
「アナタ、知ってたの?」
「いえ、全く。」
普段なら愛美さんって呼んでよ、と猫なで声で言われるはずなのだが、さすがの彼女も今は頭の中がぐちゃぐちゃらしい。
「これ、もう一ヶ月後でしょう。夏休みにぶつけてきてるし、徹底的に極秘裏に進めてたんじゃないですか?」
パラパラとテーブルの上の雑誌をめくりながら柳瀬が言う。
いずれも今日発売のもので、相当数のページを割いてりらの特集が載っていた。
『現代のモネ、数年間の沈黙を破る』『新進気鋭の女性画家』『この夏新たな歴史が刻まれる』『待望の国内大個展』『大胆な発想と瑞々しい感性の結晶』『これを見ずに現代美術を語れない』…
読者を煽る様々な文句が踊り、これまでの代表作やインタビューを受けているりらの写真などでところ狭しと誌面は埋め尽くされている。