ビューティフル・ワールド
どおりで、家に行っても顔を見なかったわけだ、と柳瀬はため息をついた。
いくらオーナーが口惜しがったって、もう何もしようがない。
これ以上ここに居ると絡まれそうだ、と、柳瀬は初夏の空の下へ逃げ出した。
りらと初めて会ってから、二ヶ月が過ぎようとしていた。
そうアクティブに動き回るとも思えないりらとあの家で会えるのは数回に一回で、
どちらかと言うと大久保とのほうが、よく会っていた。
その大久保は、りら不在の居間で、すっかりしょげ返っていた。
「一言も、何も言ってくれないんですもん…」
一方的にライバル視している柳瀬の前で嘘でも自分は知っていたと匂わせないあたりが、この男の美点だった。
あまりにも顔を合わせるので、柳瀬と大久保の間には初対面の時のような険悪なムードはなくなり、
しかし大久保としてはやはり柳瀬を好きにはなれないらしく、
微妙な距離感を保つことになっている。
それにしても、柳瀬とははるかに長い付き合いはずの大久保が何も知らされていなかったのはさすがに気の毒だった。
「柳瀬さん、もしかして知ってました?」
「まさか。」
うなだれた大久保に上目遣いで睨まれ、柳瀬は肩をすくめて受け流した。
「はあ…僕らって、茅野さんにとって、一体何なんでしょうね…」
一緒にしないでくれるかな。
危うく口から出かかったが、柳瀬は飲み込んだ。
大久保は、親戚がやっているという小さなギャラリーの、柳瀬と同じアートディーラーらしいのだが、
今のところ目立った功績はなく、ギャラリーからは放任されているようだった。
大久保自身はりらの絵に惚れ込み、りらの個展をどうにか自分の手で開くことが夢らしい。
だいぶ柳瀬とは状況が違うのだが、
結局りらから置き去りをくらっているという意味では同じ惨めな者同士と見られても仕方なかった。