ビューティフル・ワールド
玄関で物音がした。
「どうもありがとう、上がってお茶でもと言いたいところなんですが来客があるようなので、ええ、そうですね来週には…」
大久保が跳ね上がり、居間を飛び出した。
「茅野さあん!」
ひどいじゃないですか、僕びっくりしましたよ、と泣きつく声が廊下から響いてくる。
「何言ってんだ。情報戦を制する者が世界を制するんだ。現代社会の基本だろ。」
軽くいなすりらの声は憎らしいほど涼しげだ。
「おぉ」
居間に入ってきて、柳瀬を見つけると嬉しそうに笑った。
「どうだ、悔しがってたか、お前のとこのギラついたオーナーは?」
「ああ、そりゃもう。」
それを聞いて、りらは気持ち良さそうに高笑いした。
外出から戻ってきたはずなのに手ぶらだ、と思ったら、すぐ後ろから大久保が異様に大きい布に包まれたキャンバスを抱え、引きずらんばかりにして運んできた。
ご丁寧に、肩からは見覚えのあるりらのハンドバッグを提げている。
どこまで下僕体質なんだ、と柳瀬は呆れた。
「ヒステリックに喚いてたか、朝からフルメイクで。そうかそうか。」
そこまで言っていないが、当たらずも遠からずだ。
元より美術館とギャラリーではそもそも存在のコンセプトが違い、一人のアーティストを取り合うような勝負は成立しにくいのだが、
それでも"時代の最先端を行っている"と見られたがる伊東愛美が歯ぎしりするのは当然といえば当然だった。
「有名になるとこういうことができるから快感だなあ。片っ端から賞取っといてよかったなあ。」
「過程の壮大さに比して目的が小さいな。」
「いや二次産物っていうか。勝手に私を小さい女にするなよ。」
「ちょ、これどこに置けばいいんですか、茅野さん」
「ああ腹減った。大久保、昼ご飯は?」
「茅野さん、まじ、これ重いですって!」
「傷つけるんじゃないぞ。」
「だから、どこ…」