ビューティフル・ワールド

普段から人遣いは荒いというか、何でも大久保にやらせて自分で動くことのないりらだが、
今の彼女を下手に動かすと持ち帰った絵でいっぱいの頭の中から何かが零れてしまいそうな気がして、
柳瀬も大久保の後に続き、台所で持ち込んだカツサンドを皿に分けることにした。

二人の男が無言で台所に立って黙々と手を動かす様は、何か珍妙な光景だった。

ところが、りらもそこにのっそりと加わってきたので、柳瀬の気遣いはどうやら要らぬものだったらしい。

「バカ、もっと豆入れろ豆、カフェイン必要なんだよこっちは。」

年齢で言うと大久保のほうがりらよりも上だろうと柳瀬は読んでいるのだが、
りらは遠慮なく後ろから大久保の頭を後ろからはたいてどやしている。

「でも茅野さん、ちょっとコーヒー飲み過ぎなんじゃないですか? カフェイン減らしたほうが…」
「口うるさい女房みたいなこと言うな、鬱陶しい。禁酒してんだよコーヒーくらい飲ませろ。」
「女房って…せめて旦那って言ってくださいよ。」
「おっ何お前髪切ったの? なんか毛先がちくちくする。」
「あ、わかります? ちょっと揃えたんですよ。」
「女みたいなこと言って、何が旦那だバーカ。」
「バカバカって、ほんとひどすぎますよ…」

そう言いながらも、パーマのかかった髪をずっと触られて、大久保の顔は緩みきっている。
飽きることなく毛先をいじり続ける手つきは、性的なものではないことは明らかで、ペットでも撫でるような無邪気な触り方だった。
< 19 / 64 >

この作品をシェア

pagetop