ビューティフル・ワールド
やっかみ混じりの批判もあったが、ほとんどの学生がそうだったように、柳瀬もその絵を一目見て、言葉を失った。
それから思ったのだ。
なるほどこれが、才能か、と。
それは平凡なようで、非凡なる才能を余すところなく見せつける絵だった。
芸術を学んだ者なら、すぐにそれを見て取れる。
一本調子にはならない、しかし奇をてらわない、自然とそこへ踏み出したくなるような心地の良い絶妙な構図、
誰もが見た覚えのある、春と夏の間の清々しい空、そして幾重かに重なる微かな雲、
木々の葉の多彩で、緻密に使い分けられたあらゆる緑という緑、
絵の全体を満たす陽射しの光。
鮮やかな感性と、有無を言わせない技術、与える印象を操作する強い意志が、隅々に行き渡った、
圧倒的な絵だった。
ラッキーなんかじゃない。
それは、持てる術を駆使して、確実に優勝をもぎ取る為に描かれた、あるいはあざといとも言える絵だった。
こんなにも完成された絵を、入学したばかりの、1年が。
柳瀬は嫉妬など微塵も覚えることができなかった。
ただただ、感服した。
それまでも、疑わなかったことがなかったわけではない。
しかしその時、初めて心の底から確信したのだ。
自分には、才能が無いのだと。
そして、自分と、この絵を描いた者の、埋めようがない力の差を認識できる程度には優れた眼と、
それから目を背けない冷静さを、
自分が持っている幸運に、感謝した。
彼はそうして芸術家を志すことを、すっぱりとやめたのだ。
何の未練もなく、むしろ晴れ晴れとた気分で。