ビューティフル・ワールド
それでも、その様子は柳瀬の胸に刺すような不快感を与えた。
鮮やかな絵を生み出す尊い手が、男の髪を梳いている。
…その手に触れられているのが、自分の髪だったら。
思い浮かべて、柳瀬は甘い息苦しさを覚えた。
その想像に自分で愕然とした。
これは紛れもなく、嫉妬だ。
憤っているわけではない。羨ましいのだ…
「禁酒してるのか?」
口が先に滑った。
りらが大久保の髪から手を離して振り返る。
「さすがに大詰めの期間は控えてる。」
「じゃあ、今度は酒がなくても美味しくたくさん食べられる店にしなきゃな。」
それいいな、と呑気に頷いているりらの隣で、
大久保が目をひん剥き、嵐のような勢いで柳瀬を振り返った。
それを見ただけで柳瀬は胸がすいた。
「二人で、食事したんですか?」
「ああバカ、何零してんだ、勿体無い。」
ミルからフィルターに移していた挽きたてのコーヒー豆を大久保が手元からばさばさ零すのを見て、りらがぼやいた。
「食事したんですか? 二人で? 外で?」
「したよ。」
りらは落ちた粉を指でかき集めてフィルターの中に加えていくことに必死なので、大久保はもう一度、柳瀬に聞く羽目になる。
心の中はどうあれ柳瀬の笑みは、大久保の目には、ごく自然で何気なく、余裕たっぷりに映った。
大久保の顔に敗北感が広がるのを正面から見て、柳瀬は今まで感じたことがないほどの優越感に浸った。
なんて小さな人間なのだろうと己に対する虚しさが湧いたのは、少し遅れてからだ。
なんて小さく、意味が無く些細で、そして醜い争いだろう。