ビューティフル・ワールド
柳瀬は自己嫌悪で、大久保は敗北感で、りらはこれから取り掛かる絵の修正で。
各々頭をいっぱいにし、ほとんど言葉を交わすことなく、三人はカツサンドを平らげ、コーヒーを飲んだ。
これ以上口ここに居ると、ドツボに嵌りそうで、柳瀬は今日のところは自分の職場に戻ることにした。
片付けもそこそこに、じゃあな、と居間を出ていきかけた柳瀬を、りらが呼び止めた。
「これ、持ってって。個展、始まる前日に関係者にお披露目するから。」
ぽいっとゴミのように放られたのは白林美術館の個展の、招待券だった。喉から手が出るほど欲しがる人だっているだろうに。それも二枚。
柳瀬がりらの顔を見ると、彼女はにやりと笑った。
「伊東愛美に声かけてみろよ。めかし込んで来るぞ、あの女。賭けてもいい。」
「執念深いな…」
柳瀬がしみじみ言うと、りらは特に言い返さず鼻を鳴らしただけだった。
「茅野さん、僕には?」
「お前は自分でチケットを買え。美術館に金を落とせ。少しは美術に貢献しろ。」
「二回目から! 二回目からは払いますから! 通いますから! 僕にも下さい!」
「バカだなあ。」
蔑む言葉を吐きながらも、大久保を見るりらの目が、心なしか愛しげに細められたような気がしたのは、柳瀬の視界が嫉妬で歪められているからだろうか。
だが柳瀬は固く口を閉ざした。
大久保相手になら、自分はまた難なく不毛な勝負を制することができるだろう。
だがそれは自分で自分の矮小さを証明するようなものだ。
大久保の恥もへったくれもない懇願口調は、そして面倒くさそうに招待券を投げつけられて喜び勇む姿は、いっそ清々しくさえあった。
人類が皆こうなら世の中は薔薇色だろうと、皮肉めいた思いを抱いたが、けして言うまい、と柳瀬は密かに誓った。
見苦しい男になりたくはなかった。