ビューティフル・ワールド
個展を見終えて、まだ余韻でふらふらしながら、再びロビーに辿り着くと、
人々の隙間から、りらが彼を見つけて、得意げな笑みを向けてきた。
どうだ、良かっただろう。
心動かされただろう?
そんな自信たっぷりの声が、聞こえてくるようだった。
まんまと彼女の狙った通りの鑑賞者になって、柳瀬は、誰からも自由だった自分が、屈服させられたことを知った。
どれだけ求められても、囚われたことなどなかったのに。
よりによって自分を求めてもいないたった一人の若い女に、その才能に、生み出される作品に。
もう逃げられないのだ、と悟った。
自分の気持ちからも、求めることからも、彼女からも。
とてもその時冷静に彼女に相対することができるとは思えず、
逃げるように白林美術館を出た。
翌日から白林美術館の目玉企画として個展は開催され、またたく間に話題になり、客足は出だしから伸びて順調な滑り出しを見せていた。
今日の新聞の評論欄に、有名な批評家によってこう評されていた。
"茅野りらは、この世界を描ききった"
どうせりらはそれを読んでも鼻で笑って、その新聞をそのへんにぽいっと投げ捨てるだろう。
家の前に着き、インターホンを鳴らしても誰も出ない。
大久保は今日は居ないのだろうか。
個展に通うと言っていたから、今頃白林美術館かもしれない。
試しに門を開けて敷地に入り、扉を引くと、鍵はかかっていなかった。
だから不用心だというのだ。
柳瀬はため息をつき、玄関に入り後ろ手に閉めた扉の鍵を閉めると、中に声をかけた。
「いるのか? 入るぞ?」
返事はない。