ビューティフル・ワールド
1
「ここか…」
柳瀬は足を止め、ゆるやかな坂の上にある一軒家を見上げた。
表札には『茅野』という立派な字が彫られている。
目的地に間違いない。
築二、三十年は経っているだろう、初めて訪れた彼にも懐かしさを覚えさせる、けして豪奢ではないが、品の良い平屋の日本家屋だった。
その辺りに立ち並ぶ家とあまり変わらないような、よくある普通の家のようで、しかしどこから見ても明らかに整えられた美しい佇まいは、紛れもなく茅野りららしい、
と、彼は思わず微笑みながら、インターフォンをのボタンを押した。
お客さんですよー、と家の中から若い男の声が聞こえてくる。
それに答える声は聞こえない。
しばしの静寂の後、ガタガタと物音がして、足音が近づいてきた。
「もー、なんで僕が…」
そんなぼやきが聞こえたかと思ったら、玄関の扉が開いた。
「はい、どちら様?」
顔を出した青年は、言ってから、目の前にちょっと見たことがないような美形の男を見つけ、くりっとした人懐こそうな目をさらに丸くし、あんぐりと口を開けた。
柳瀬は苦笑した。
類まれなる美貌を持つ彼に初めて会う大抵の人は、こういう反応をする。
今日も、見栄えを充分に自覚して、引き締まった体躯にフィットする仕立ての良いスーツを着てきた。
いつも以上に、今日の彼は一段と美しく人目に映る。