ビューティフル・ワールド
「りらの話が本当だと俺もわかってるし、許せとは言わないけど、あの人も今は誠心誠意、りらの作品のことを考えてる。」
それだけの力が、あの絵たちには、あった。
きっと誰かの人生観を変えてしまうような、圧倒的な、力が。
「名声のために描いてるわけじゃないって言ったよな。だったら世の中のことを考えなくたっていい。りらが描きたい、試みたい、欲求の体現でいいんだ。どんな種類でも、りらが欲しいメリットを保証する。」
柳瀬の真摯な言葉を茶化すこともなく、りらは拍子抜けするほどあっさりと言った。
「わかった。いいよ。」
料理が運ばれてきた。この暑いのに無性にビーフシチューが食べたいと言ってりらが頼んだものだ。
すぐにりらの注意はそちらに移り、柳瀬の料理が運ばれてくるのも待たず、いそいそと食べ始めた。
本当に気ままで、子どもみたいだ。
と、柳瀬が思っていると、また顔を上げた。
「ただ、伊東の挨拶は別にいらない。もうわかったから。打ち合わせの時にどうせ会うだろ。メイユールでやるなら全部新作でやりたいから、時間がかかる。どういうコンセプトにするかはすぐには決められないから、相当先になる。」
「わかった、伝える。」
りらは頷いて、またビーフシチューに戻った。
話が早かった。
何年先だっていい。
少なくとも、それまではずっと、りらに関わり続ける理由があるわけだから。
どんなに今、恋人のように過ごしていても、
りらは明日にはすっかり忘れたように、キャンバスの前に座っているのだろう。
だけどもう諦めることは、柳瀬には不可能だった。
だってこんなにも今、こうしていることが、幸せなのだ。
夏のぬるい風が頬を撫でる、
なんて甘く、苦しい夜。