ビューティフル・ワールド
「どうも、突然申し訳ありません。ギャラリーメイユールから参りました、柳瀬と申します。茅野りらさんはご在宅でしょうか?」
扉を開けた青年が、衝撃から立ち直って一転、警戒の眼差しを向けるのを見逃さず、柳瀬は慇懃に挨拶をした。
青年が気圧されたように渋々と頷き、そのまま外に出てきて門を開き、柳瀬を迎え入れた。
その容姿を存分に有効に活用して生きてきた彼の、優遇されることに慣れ切った独特の雰囲気は、
どれだけ丁寧に振る舞ってもある種の人間のプライドを刺激するのだが、彼自身はよくわかっていない。
ただ時々敵意を持たれることには慣れていた。
家の中に入ってから廊下を抜け、居間に着くまで無言を貫かれても、柳瀬には何の痛手にもならなかった。
「茅野さん」
「なんだ大久保、押し売りなら断れよ」
縁側に面した窓を開け放ち、西陽をたっぷりと浴びた居間はやたらと広かった。
奥の一角がどうやらアトリエの役割を果たしているらしい。
壁はないが、三、四人がけのソファで区切られた空間いっぱいに、
キャンバスやスケッチブック、色鉛筆からチョーク、絵の具や筆などが乱雑に散らばっている。
その中央に主役然として鎮座するイーゼルに、真っ白なキャンバスが立てかけられている。それに向き合ったまま振り返ることなく、木の椅子に胡座をかいている女が、ぞんざいに言い捨てた。
茅野りらだった。
絵の具で汚れた白のコットンシャツに、これまた汚れた薄手のジーンズを着ている。無造作に纏められた髪から幾筋かが細い首に垂れていた。
「違いますよ、ギャラリーの方」
「何度かメールでご連絡させて頂いていたのですが、お返事を頂けなかったもので。突然押しかけてしまい申し訳ありません。」
「メールチェックくらいしとけ、何やってんだ使えない奴だなあ。」