ビューティフル・ワールド
「本当はさあ、空ばっかり描いてさあ、全部ギャラリーを空の絵で埋め尽くした個展とかやりたいよなあ。」
「いいじゃないか、やれば。」
柳瀬はりらの対面のソファに腰掛けながら言った。
「うちで請け負いますよ、オーナーが喜ぶ。」
「いやー…」
「大久保さん、俺もかき氷もらっていい? メロン味。」
「自分で作ってくださいよ! 冗談じゃないですよもう。」
そうは言っても結局大久保はかき氷を二つ用意するだろうと柳瀬は笑ってしまう。下僕体質もここまで来ると愛せるな、と口にしかけてさすがにやめた。
「空なんかさ、描かなくたって…」
りらはまだ一人で呟いている。
「絵なんか、描かなくたって誰も…」
「またそんな危ないこと言い出さないで下さいよ! 困りますよ!」
大久保が悲鳴をあげる。
「絵なんかなあ…」
りらはまた空を眺めている。柳瀬は微笑を浮かべてそのきれいな女を見つめていた。
大久保が慌てるのもわからなくはないが、彼女は画家としての無力感に苛まれているといった絶望的な様子ではなかった。ただただ、りらは今空に心奪われているのだった。
「世界は美しいなあ。世界は美しい絵だ。あの空も、この窓も、溶けたかき氷も、いい絵だ。描かなくたって私はもう、十分だなあ。」
言いながらりらは窓の外から、向かいの柳瀬に目を留めた。いや、ソファに座る一人の男の絵を見た。
「お前は美しいなあ。いつも美しい。」
「なんですかそれ!」
大久保が氷をかき氷機に投入しまた騒がしい音を立てながら、すかさず声を挟む。
「肖像画でも描いてくれるのか?裸像とか?」
「いや…」