ビューティフル・ワールド
「なんだったんだ、あいつは…」
りらは肩をすくめてかき氷に意識を戻した。
少し考えれば大久保の心の内など誰にでもわかるのに、考えようともしない。それならそれでいい、だが俺の気持ちを無視させたりしない。柳瀬はりらをまっすぐに見た。
「俺と付き合う?」
「いいよ。」
りらは柳瀬を見もせずに言う。そうじゃない。柳瀬はめちゃくちゃに叫び出したい衝動にかられる。
「いいのか?」
「私にそう言ってくる男は今のところお前だけだ。問題ないよ。」
「そういう話じゃない。」
「じゃあどういう話なんだ。」
ここでキスして、押し倒してしまえばまたりらは簡単に自分に抱かれるだろう。そして恋人のポストは今空席だから、お前がそこに落ち着きたいのなら構わないよと言うのだ。
愛している。それが全てなのに、それ以外に、彼女の気持ちが動く言葉を探さなくてはならない。
「考えて…」
「ん?」
「俺のことを、考えて」
りらが虚をつかれたように柳瀬を見た。
「お前を愛してるって言っている、俺のことを、考えて。」
りらは何も言わず、瞬きを繰り返している。少し手応えがあった。少しでも。少しずつでも。
「俺に愛されるっていうことがどういうことか考えて。俺が何を求めてるのか考えて。言葉じゃ限度があるんだ。だけど、俺は伝えた。お前も考えろ。」
心が欲しい、と言ったら終わりだ、と柳瀬は思っている。やるよ、と言われて終わるのだ。
そして自分は恋人という称号だけを頭に乗せて、りらの横に立つ。変わるのは周りの認識だけでりらは何も変わらない。
りらの手は完全に止まって、かき氷は緑色に溶け出している。
「…わかった。考えるよ。」
その呟きは独り言だろう。もう柳瀬を見ていなかった。