ビューティフル・ワールド
5.
兆しはあった。
何がきっかけだったのか、りらにははっきりとわかっていた。
あの日、かき氷だけ食べて、柳瀬が帰った後。
りらは陽が落ちるまでソファから動かなかった。
ずっと空を見ていた。柳瀬の言葉が耳に残っていた。考えて、と言われたから、考えなくてはならない。
だが、どこかで、時間をかけて変わる空の色を記憶しようとしていた。
やがて、空には雲が立ち込めて。
にわか雨が降り出した。
窓を全部閉めなくては。
そうしたら、冷房も入れなくては、暑くてかなわないだろう。
りらはのろのろと立ち上がった。
何を、考えないといけないのだっけ。
ああそうだ、柳瀬が…
身体が鉛のように重くなっていた。とにかく窓だ。
その時、玄関のドアが開く音が聞こえ、足音が近づいてきた。
柳瀬が戻ってきたのだろうか? ちょうどいい、窓を閉めるのを手伝わせよう。
だが、居間に入ってきたのは、柳瀬ではなかった。
「大久保? どうした?」
大久保は雨で頭からずぶ濡れになっていた。
いつもならやかましく何かしら喚くはずなのに、何も言わずに、ただ立っている。
「風邪引くぞ。タオル持ってくるから。一体何なんだ?」
「…なんで」
小さな声だった。
「なんで、あの人なんですか。」
「は?」
「なんで僕じゃないんですか、僕はずっと茅野さんの側にいたじゃないですか、なんで僕じゃないんですか!!」
「待て、何の話…」
「この期に及んでとぼけないで下さいよ! 柳瀬さんと付き合うんでしょう?!」