ビューティフル・ワールド
言葉遣いは横暴だが、その声はふわふわとしていて、上の空だな、と柳瀬はすぐにわかった。
「パソコンに触るなって言ったのは茅野さんのほうですよ!」
「そうだっけ?」
茅野りらが気だるそうに振り返った。
その眼に射抜かれた。
彼女はたぶん、集中していたのだ。
彼に目を向けたが、彼の存在を認識したのは数秒経ってからだった。それからすぐにその鋭い眼差しはなりを潜めてしまった。
あの眼は、自分を見ていたわけではない。
あの眼は、絵を描く為の…
わかってはいても、息が止まった。
「なんだ…」
りらのほうも、柳瀬の姿に思わず見入っていた。
誰がどう見ても、どんな好みの者が見ても美しいと感じるだろう、あらゆる要素の中間をいく癖の無い柳瀬の美貌は、見事と言うより他はなかった。
「…こんな良い男がいるなら、さっさと紹介しろよ。個展でも何でもやるよ。」
「違いますよ、ウチの人じゃありません。」
青年はむくれて言った。
「ああ、同業の方でしたか。てっきりマネージャーの方かと…」
「まあ大差ないですよ。私の犬です。これは大久保…下の名前なんだっけ?」
茅野りらが立ち上がりながら青年を見る。
「淳平ですよ! あんまりじゃないですか?!」
「淳平。どうも画家の茅野りらです、初めまして。」
「柳瀬和希です、どうも。」
柳瀬は名刺を取り出しながら言った。
「個展をやって頂けるとのこと、ご冗談でなければいいのですが…」
りらは差し出された名刺をつまんでじっと見つめると、顔をしかめ、それからポイッと投げ捨てた。
「メイユールか。やらない。残念だ。大久保、お見送りして。」
「は、はい!」
犬と言われるわけだ。
大久保が尻尾を振らんばかりに跳ね上がってあからさまに喜び、勝ち誇った笑みを柳瀬に向けた。