ビューティフル・ワールド

彼女はあらゆる意味で一人で生きていける人間だ。彼女が愛すのはいつも、空や、木や、道端に咲く花、街を形づくる色に光、移ろいゆく時間、描けるものと描けないもののすべて。
恋人など居なくても、いやいない方が、それらは彼女の中にとめどなく溢れ、不足など一切無い。

柳瀬はりらの性質を正確に見抜いていた。
彼は、彼女の都合に合わせて自分の存在を譲ったりしない。りらに対してそういう態度でいることは、彼女を好きな者には、勇気が要る事に違いなかった。
実際、大久保は彼女の邪魔になることを常に恐れていた。彼女の中に自分の価値を創造しなくては永遠に生まれないということを、本能的に嗅ぎ取れなかったのだ。

だが今りらには、そのことがメカニズムとしてはっきりとはわからない。だからどう説明していいのかもわからない。
ただ泣きじゃくる大久保を見て、胸が少しも痛まないことが、彼に対する自分の気持ちを知らしめた。

「大久保…私の身の周りのことを何でもやってくれて、感謝してるよ。だけど、引き換えに私をあげることはできない。」
「……」

大久保はゆっくりと立ち上がった。
泣きはらした目が、しかし、今までとは違う闇を宿していた。それが、絶望だということを、りらはまだ知らない。

「…初めから、僕が間違ってたって言うんですね。柳瀬さんは、間違えなかった。」
「間違いとかじゃなくて、」
「あなたに愛されないんだったら、何だって間違いなんですよ!!」

大久保が絶叫した。
柳瀬さんがどんな手を使ったって、あなたを手に入れられるなら、それは正解だったんだ。

「いいです、もう。」

ぽつりと言って、大久保はりらに背を向けた。

「わかりました。さようなら。」

その声を聞いて、りらの胸に鈍い確信がゆっくりと広がっていく。

違う。何かを間違えたのは、自分の方だーー…


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