ビューティフル・ワールド

大久保はりらに合わせる顔など無いだろう。
柳瀬には確信があった。大久保の心理は手に取るようにわかった。
もう彼には、りらの眼に映る為にはそれしか方法がなかったのだ。衝動に突き動かされたにせよ、りらを崇拝している大久保が後悔することを覚悟していなかったとは考えられない。
でもきっと、今は想像を超える罪の意識の重さに押し潰されそうになっているはずだ。

柳瀬は初めから、ただりらから絵を取り返すための承諾を取り付けるだけのつもりだった。

りらの家を出て、その足でギャラリーOへ向かった。

大久保が絵を盗んで初めて、柳瀬はそのギャラリーについて調べたが、ホームページすらない、小さなところだった。
聞けば、大久保の親戚だというオーナーの老人の、年寄りの道楽で続いているようなもので、ほとんど機能していないらしい。
大久保が放任されているのも納得だ。給料が発生しているかどうかもあやしい。りらの作品群を展示するという違和感の塊でしかない行為も、そのオーナーはろくに把握していないのだろう。

だが今回はそれで良かった。そんな名も知れないギャラリーの展示など見に来るのは、まだ一部のマニアだけで、情報を一般の人々が得ることすらほとんど無い。ギャラリー内は閑散としたものだった。


大久保は虚ろな顔で立っていた。
本当に、ただ立っていた。
あれほど愛して、盗み出したはずの絵さえ、見てはいなかった。

「ずいぶんな顔だなあ。」

挨拶もなしにそう言った柳瀬の声には、揶揄する響きはなかった。ただ…大久保の心に寄り添おうとでもいうかのような、憐れみともいえるような、一種の優しさだけがあった。

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