ビューティフル・ワールド
「…柳瀬さん…」
その視線は狭いギャラリーを彷徨い、時間をかけて柳瀬に焦点を定め、呼ぶともなく大久保は言った。
「…茅野さんは、元気ですか。」
柳瀬と大久保の間にある話題など、りらのことしか何もなかった。
元気だ、と言うのは酷な気がして、でも、大久保はおそらくわかっていて、柳瀬は頷くしかなかった。
「相変わらずだよ。」
大久保は口元を歪めて笑った。
泣きそうな、叫びだしそうな、暴れだしそうな。
けれど、その全てが無意味であることをあらかじめ知っていて、疲れ切ったような。
そんな笑みだった。
「…そうでしょうね。」
皆、疲れていた。
りらを愛してしまった柳瀬も、人を愛し、愛されるということとどうしても向き合わなければならないりらも。
けれど一番疲れているのは、大久保に間違いなかった。
一年以上もかけて、罪まで犯して、焦がれた人の視界に遂に入ることができなかった彼に違いないのだ、と、柳瀬は思った。
彼を愚かだと思っていた。
今もそれは変わりない。
けれど、彼はただ愛されたかったのだ。
愚かでいたくている人間などいない。
「りらが、また新しい絵を描いていて。」
柳瀬が静かな声で言った。
「なんだか、俺にはまださっぱりわからないけど、綺麗なんだ。」
リビングに立てかけられたその途中の色合いは、瞼の裏に焼き付いている。
りらは前に進む。日常に何があっても、誰に愛されても、愛されなくても、その筆で、世界のかけらを描く。