ビューティフル・ワールド
翌日の夜、仕事を終えて柳瀬がりらの家を訪れると、予想通りりらは描きかけの絵に向かっていた。といっても一心不乱に描いているわけではなく、何やら思案していたようだったが、
それはどうせ大久保のことでも柳瀬のことでもないのだろう、と彼はりらの細い背中を見ながら思った。
「展示はすぐにやめるって。」
柳瀬がそう言うと、りらはふうん、と言っただけだった。
それから、どう思う、と訊いた。
「どうって、そりゃ大久保さんは今はボロボロだけど、自分で立ち直るしかないだろ。」
「そんなこたいいよ。絵だよ。この絵、どう思う?」
呆れたようにそう返される。どう考えても呆れる権利を手にしているのは自分の方だと柳瀬は苦笑しながら、キャンバスとりらに近づいた。
「最近描いてるやつだよな、それ。なんの絵?」
「なんのっていうかさ。」
りらは小難しそうに眉を寄せた。
「傘の絵の注文を受けてて。傘にプリントされる絵。」
「はあ? 傘?」
お前の受ける仕事の基準がわからない、と柳瀬はぼやきながらその絵をのぞき込んだ。
「いやまあ、受けるって決めたのはさっきなんだけどさ。保留にしてて、検討しつつここのところずっと描いてはいたんだけど。」
全体的に淡く、しかし光を照らし返す宝石のようにどこかビビッドな色々が、広がっている。
こんな途方もなく繊細な絵が、量産されるというのか。
誰もが茅野りらの絵をさして歩けるようになるというのか。
そんな、馬鹿な。