ビューティフル・ワールド
柳瀬は神経を逆撫でされながらも、部屋を追い出そうといそいそと寄ってくる大久保を無視し、言葉を継いだ。
「待って下さい、何故ですか?」
「なんでも。貴方は好みだけど、メイユールは嫌いだ。私はしばらくどことも契約するつもりはないし。」
「さ、柳瀬さん、お帰りはあちらですよ。」
「大久保、お前も帰っていいよ。何度来られても同じだから。」
最後の一言は二人に向けられたのかもしれない。
男は二人とも押し黙って、しんとした。
その空気をつんざくように、スマホの着信音が鳴った。
大久保が慌てふためいてズボンの後ろポケットからスマホを取りだし、居間を飛び出した。
「大久保です。ええ、はい、ええ…いや今茅野さんのお宅に…いえ、…」
りらは肩をすくめると、もう柳瀬までも部屋から出て行ったかのように、目もくれず、キャンバスに向き直った。
今きっと、あの眼が、何も描かれていないキャンバスに、これから描く絵を見ている。
想像するだけで鳥肌が立った。
「茅野さん、僕ひとまず今日は帰りますから!」
そんな声に再び集中を阻害されて、りらは軽いため息をつき振り返った。
「ああ、帰れ帰れ。」
「さ、柳瀬さんも」
「いや、私は残らせて頂きますので。どうぞお気遣いなく。」
嫌われたなら、嫌うまで。
柳瀬はにべもなく言い切り、大久保の存在を敢えて軽んじる態度をとってやった。
大久保は苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、何も言わずソファから鞄を引っ掴み、出て言った。