名前で呼べよ。~幼なじみに恋をして~
「……ね、なくちゃ」


明日に備えて寝なくちゃ。


浅い呼吸を繰り返す、興奮と緊張で冴えた身体を持て余して、ばたり、布団に倒れ込む。


ほんのり冷たい布団に顔を埋めて深呼吸を一つ。


そうちゃん。


そうちゃん。


ねえ。わたしに、チャンスをください。


布団により深く潜り込んで、両手で顔まで布団の端を引き上げる。


少し圧迫されてこもる吐息と温もりに、静かに目を閉じた。


愛しさに付随するのは、切なさで。

恋心に付随するのは、苦しさで。

だけど、「佐藤さん」と呼ばれたら、それだけでふわり、心が浮く。


幸せに満ちただけの恋なんて、きっとない。


苦しみに満ちただけの恋だって、きっとない。


幸せも苦しみも、切なさとか愛しさとかも全部全部、丸ごと恋だと信じている。


わたしはそうちゃんに長い恋をしている。


いつまでとか、終わらせなきゃとか、焦ってはいない。


この初恋を大切にしたいから、今のわたしができる努力をしたい。


そうちゃんは、幼なじみで、一緒に帰る人で、わたしの好きな人だ。


『みいちゃん』


まどろめば、幼い声がわたしを呼んだ。


高くて澄んだ、まだあどけなさの残る、舌ったらずな口調。

ちいさな手のひら。同じ高さの目線。

黒が多い服。

わたしを呼ぶ、三日月の口――


今日も変わらず夢を見る。


忘れたくない思い出全部を、何度も何度も、夢に見る。
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