名前で呼べよ。~幼なじみに恋をして~
「……うん」


何とか返事を押し出して、ぎゅっと唇を噛む。


「佐藤さん」

「うん」

「佐藤美里さん」

「…うん」

「美里」

「……うん」


それは、ひどく甘やかな、優しい、柔らかい音だった。


そうちゃんは名前を呼んだだけだ。


名前を、呼ばれただけ。

呼ばれただけなのに。


泣きたくなってしまうのは、どうしてだろう。


長年の念願が叶った歓喜だろうか。


それとも、もっと違う理由だろうか。


分からない。

分からないけど、喉が詰まる。鼻がつんと痛む。視界が歪む。


そうちゃん。


そうちゃん。


「俺も、美里って呼んでいい?」

「うん……!」


押さえて嗄れた声に、何度も頷く。


まるで現実味がなくて、まるで嘘みたいで、怖くなって。


「わたしも、そうちゃんって呼ぶから」


先ほど決めたことは分かっているけど、どうしても不安を拭いきれずに念押しする。


「……ん」


そうちゃんは一度だけ首肯した。


ゆっくり、だけどはっきり、一度だけ首肯した。


そしてわたしたちは、そうちゃんと美里になった。
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