名前で呼べよ。~幼なじみに恋をして~
朝。登校してすぐの、先生がまだ来ない時間。


「佐藤美里、いますか」


ひょこり、教室前の扉から顔を覗かせたそうちゃんが、若干の焦りをにじませてわたしを呼んだ。


登校してからしばらく経ったこの時間になったのは、わたしが学校に来たのに気づくのが遅れたのかな。

それとも、来たのに気づいたけど、準備とか整理とかの時間を取ってくれたのだろうか。


おはよう、と扉に近づく。


「おはよう」

「どうしたの?」


うん、と一回頷いたそうちゃんは。


「美里、教科書貸して」


ものすごく真面目な顔で、言った。


「うん、何の教科書?」

「数Ⅱ。あとシャーペンと消しゴムと赤ペンと」


うん? シャーペンと消しゴムと赤ペン……?


「……筆箱忘れたの?」


まさか、と思いつつ聞けば、真面目な顔のまま首を横に振られる。


「鞄忘れたの」


もっとひどかった。


「……どこに?」

「家に」

「なんで!?」

「寝坊した。眠い。寝そう」

「ええー……」


分かった。これ違う。真面目な顔じゃない。


ものすごく真面目な顔をしているように見えたのは、まぶたに力を入れて目を見開いているからだ。


……これ、真面目な顔じゃなくて、眠いのをこらえてるだけだ……!


「寝る……」

「寝ないで。頑張って」


がくん、と眠気で勢いよく頭を落としたので、慌てて声をかける。


「ちょっと待ってすぐ出すから……!」


言われた通り数Ⅱの教科書と、二つあるシャーペンや赤青黒の色ペン、消しゴム、定規、下敷き、シャーペンの芯などをひとまとめにして押しつける。


友達にもよく忘れ物もする人がいるので、すぐに貸せるように、大体は二つ持っているのが幸いした。


「おお。美里すごい」

「筆箱はごめん、ないけど」

「だいじょうぶだいじょうぶ。なんとかする」

「うん」


ねる、ねむい、むり、とカタコトで呟きながら、実にふわふわした足取りでそうちゃんは戻っていった。
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