名前で呼べよ。~幼なじみに恋をして~
思い出に付随するわたしの感情は、喜怒哀楽全てがひたすらに愛おしく、輝かしく、大切に胸を締めつける。


——何もなくせない、幼い頃の思い出たちも。


『佐藤美里、いますか』

『今日、一人で帰ってくれない?』


——何もなくしたくない、高校生の思い出も。


薄れずにあれ。歪まずにあれ。


ただそのままで、わたしの手の中にあれば。この手の中にあったなら。


わたしはまだ、そうちゃんの幼なじみでいられるだろう。


わたしはまだ、そうちゃんに恋をしていられるだろう。


『彼女とか、別にいらない』

『俺が心配だから、駄目』

『分かれよ、馬鹿』


めぐる。巡る。


『呼びたくなっただけですけど、何か』


さかのぼる。


『デートだろ』


巻き戻る。


『俺が好きって言ったって、言って』


オレンジ色のアスファルト。伸びた影。吹きつける風。見上げた横顔。


『名前で、呼べよ』


そうちゃんがくれた大切な呼び名は、そうちゃんが初めて三日月の口でわたしを呼んだそのときから、わたしの中に根を張った。


少しずつ変わる幼なじみの定義は、そうちゃんとの距離を示し続けた。


甘やかな日常は、振り返ったときにこそ輝かしく、重く、ひたすらに甘やかで。


『美里』


夢に出てくる全ては、わたしという存在の大半は、そうちゃんがくれたものでできていた。

ずっと抱えていたいものが、たくさんあった。


夢を見る。


そうちゃんに関連する全てを夢に見る。
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