名前で呼べよ。~幼なじみに恋をして~
翌日、教室にいたわたしの前に、そうちゃんはいつもより少し早く現れた。


「行くよ」

「え」

「帰ろう」


まっすぐこちらを見たそうちゃんが、静かに言う。


「一緒に帰ろう」


まだ準備も終わらせていなかったわたしを急かして、さっさと廊下、階段、昇降口を通過。


下駄箱が離れているから、中間の傘立てで待ち合わせ。


ときどき後ろを確認してわたしが追いつくのを待ちながら、正門まで無言で歩く。


それは変わらなかった。


そして、家に到着。


「じゃ」

「うん。ありがとう」


いつもの「ん」の代わりに、扉を開けかけたわたしの背中を、あのさ、と小さく呼びとめる。


「うん?」


ぽつりと落とされた呟きに、振り返れば。


「……一人で帰るとか、言うなよ」


そうちゃんと、驚くほどしっかり目が合った。


「っ」


目を見開いたのをはっきり自覚する。


はく、と意味もなく口が動いた。


震える唇から、乾いた吐息がわずかにこぼれる。


「……それだけ」


瞠目するわたしから目をそらして、ふいっと玄関の扉を開けて見えなくなったそうちゃんの後ろ姿を、わたしはしばらく呆然と見つめていた。
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