名前で呼べよ。~幼なじみに恋をして~
……今頃そうちゃんも、お隣でただいまって言ってるのかな。


おばさんもおかえりって返事してるのかな。


知らないことがたくさんある。


知りたいことがたくさんある。


でも、幼なじみという名前の、一緒に帰るだけのわたしたちの関係は、ひどく不安定だ。


何かささいなきっかけで崩れるんだろうし、何かささいなきっかけで親密になるんだろうし。


ぐらぐら揺れて、落ち着かなくて、脆い。


そしてわたしは、自分の気持ちを伝えて、今なんとか続いているこの関係が、悪い方向に変化してしまうのを恐れている。


……いい方向に変わるなら、大歓迎なんだけどな。


現金な思考で部屋着に着替えながら、ああそういえば、そうちゃんの私服、見たことないなあと思った。


小学校の頃は黒とか青とか好きだったけど、今も好きなのかな。


もう随分お邪魔してないから、よく分からない制服の着こなしを見るばかりで、全然分からない。


……遊びに行きたいなあ。


そうちゃんの部屋でお菓子食べ散らかして、ベッド占領して、一緒にゲームして騒ぎたい。


読みかけの漫画を読みたい。続きは何巻出てるんだろう。


制服じゃないそうちゃんに会いたい。


今みたいに冷えた幼なじみじゃなくて、小さい頃みたいな幼なじみに戻りたかった。


「はあ……」


まとわりつく溜め息が思考を鈍らせる。


悲しくないのに、心が叫び声を上げ始めたのはここ最近のこと。


好きだなあ、と思う。


好きなんだけどなあ、と思う。


「……そうちゃん……」


高い声のみいちゃんでもなく、嗄れた佐藤さんでもなく、無感動な「ねえ」でも「おい」でもなくて。


声変わりしたあの声で、みいちゃんと呼ばれてみたかった。
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