オフィス・ラブ #Friends
「堤?」
先どうぞと言われたにもかかわらず、その人は律儀に階段を上がってきて。
踊り場から、あたしを見て、足をとめた。
あたしも硬直して、動けなかった。
淳さん。
よせばいいのに、あたしは堤さんの腕にかけていた手を、ぱっと離してしまった。
淳さんの目が、明らかにその動作を見て、驚いたように見開かれる。
ああ、やっちゃった。
ただでさえ、こういう関係の男女の間には、どんなに隠したって、独特の空気が流れる。
他でもない淳さんに、それがわからないはずがない。
あたしはきっと、しまったっていう表情も、出してしまっていたんだろう。
淳さんの目が、あたしと堤さんを交互に見あげる。
あたしは、とても堤さんの顔を見ることなんて、できずにいた。
あたしの一段下に立って、片足を、あたしのいる段にかけている。
その革靴が、一度淳さんのほうに向かおうと逡巡して、やめたのがわかった。
淳さんが、あたしにふっと微笑んだ。
あたしはどうしたらいいかわからなくて、ただじっとその顔を見ていた。
淳さんは、堤さんとあたしに視線を投げかけると。
「じゃあ、お先に」
優しい声で、ほがらかにそう言って、階段を下りていった。