雪見月
「今何時……」


ふと思い付き、慌てたように呟いて、がさごそとコートのポケットを探る彼女。


律儀に視線は正面に向けたままだ。


若干不安そうな彼女を余所に、俺は腕を伸ばして裾を上げ、銀色を覗かせた。


時間を読み上げる。


「七時四十分です」

「……あ、はい。ありがとうございます」

「いいえ」


俺はスマホを持っている。


でも、プラス、こういう、スマホは取り出しにくいときのために、腕時計を着けている。


俺が手首を返す方が楽でいいと思ったんだけど……。


彼女の様子に、迷惑だったかな、と不安になる。


時間を聞いて、彼女は唇を引き結んだ。


一度噛んだ後、目に力を入れて前を見据え、ゆっくり口を開いた。


「私は」


静かな暗闇に、彼女の声が反射する。


さらりと軽い口調なのに、どこか重々しい響きを孕んだ反響が、確かに耳朶を打った。
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