雪見月
「そう、ですか……そうですか」


彼女が安堵して、嬉しそうにそっと呟く。


「覚えていて、くださったんですね」

「はい」


柔らかく微笑んで。


「……嬉しいです」


変わらない、穏やかに澄んだ声が、涼やかな音を響かせる。


「嬉しいです」

「っ、はい」


無理矢理に頷いた俺を、しばし見つめ。


あの、と彼女は口ごもった。


初めてきちんと合わせた、俺を見上げる瞳は声同様、やはり綺麗に澄んでいる。


「私、そのときからずっと、あなたのことが好きでした」

「え……!?」


まさかの展開に動揺が止まらない。


「……こんなこと言ったら引きますか?」

「いや、」


もう。

もう、彼女に、不要に目を伏せさせはしない。


あの日。


あの、影が長い季節。

夕闇が落ちる時間。


寂しかった、雪月夜。


「あなたが声をかけてくれた。俺もそれだけで充分でした」


俺も一緒だから。

引いたりなんて決してしないから。


だから、なあ、顔を上げて。



「俺も、あの日からあなたが好きです」
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