雪見月
言い切った俺に、彼女はゆっくりと、伏し目がちに頷いた。


「……は、はい」

「(凄く恥ずかしいけど……!)」

「(どうしよう、この状況はどうしたらいいの……!)」


心中の葛藤は表に出さずに黙り込む。


「……わ、私、これ着けてみます、ね…?」

「…………」


どこまでも、逃げたなということが分かりやす過ぎる人だった。




「あの」

「はい」


何だろうか。


首を傾げた俺に、とても真摯な瞳を当てる。


鞄だともしかしたら汚れたりすることもあるかもしれませんけど、と前置き。


「見える頻度が高いところに着けたいので、鞄に着けてもいいですか?」

「どうぞ」

「はい!」


もう彼女のものなのにわざわざ俺に確認を取る辺り、律儀な性格は相変わらずだ。


俺はもちろんすぐさま賛同し、手慣れた様子で彼女はストラップを鞄に着けた。


「これ、どこで買ったんですか?」

「駅です」


唐突な質問にとりあえず簡潔に答えると、我が意を得たりと彼女は頷いた。


「この後お時間ありますか」


何だ。さっきの返しか何かか。


「え、はい」


とにかく頷きはしたけど、恥ずかしいんだが。


彼女はおそらく、自分が俺と同じ言葉を使ったことに気が付いていなかった。
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