雪見月
そんなことを思っているから、ほらまた、rをlと間違った。


……どうしよう。


何か気分転換になりはしないかと、必死に校舎がある方角を覗いたけど、靄が余計に曇らせるだけで。


どうしよう、どうしよう。


焦っても何も解決しないのに、やっぱり焦ってしまって仕方ない。


途方に暮れて。


単語が頭に入らないという原因すら忘れ、訳も分からない不安が黒く塗り潰された思考を回っている。


泣きそうな瞳は邪魔だ。


続きをやらなきゃいけないのに、歪んで何一つ見えない。


引っ込めようと足掻けば足掻くほど、涙は意地悪く私の鼻を刺激した。


ツン、と抑えていた堰が壊れる音が、




「青ですよ」


肩が叩かれる。


とんとん、と優しく私の右肩に触れた手に涙なんて引っ込む。


軽みに引かれ、急いで振り向けば、掠れた囁きが降ってきた。


発言の意味は全然処理しきれなかったけど、その人の口元が微笑みを浮かべているのは分かった。


何で肩叩かれたんだろう。


……私、何かしてしまっただろうか。


困惑して黙っていると、再び。


「信号、青ですよ」


主語を付けられて遅まきながら理解した。


見上げてから、あ、とこぼした瞬間に信号機が明滅し始める。頭が回らない。


彼が走って渡り出したのを私はどこか他人事のように見つめた。


と。
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