雪見月
「渡らないと!」


何してるんですか、と駆け戻った彼が私の手を無造作に引く。


鳴らされた迷惑そうなクラクションにすみません、と大きく謝罪して道路を渡り切り、歩を止めた。


しばらく鞄の底を漁って、ぽん、と一つ私の手にカイロを握らせる。


「…えっと」

「受験生ですよね?」

「はい」


頷くも、あまり状況を飲み込めない私。


困惑する私に、差し上げます、と彼はさらに強くカイロを押し付けた。


「そんなにかじかんだ指じゃペンが持てませんよ」


たくさんありますから、お気になさらず。


そう言い置いて角を曲がった彼に、学校違うんだ、とそんなことを思った。


頑張ってくださいなんて、嫌という程聞いた励ましも、

大丈夫なんて気休めも、


彼は何も言いはしなかったけど。


袋ごとのせられたカイロが、少しの温かみと穏やかな気遣いを伴っている。


くしゃり、軽く握り締めて、それをお守りのように鞄にしまった。


会場に着いたら使わせてもらおう。


切り替えとともに、ぱらり、めくった単語帳。


今度はrを間違えなかった。

焦りも消えていた。


上手くいきそうな、わくわくした予感に駆られて私は雪道を走り出す。


さっき、彼の背中越しにくすんだ白い校舎がそびえていた。


そろそろクリーム色の校舎も見えるはずだった。
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