となりの専務さん
木崎の事情
夕ご飯の買いものを済ませて、携帯で時間を確認すると十九時四十五分だった。


アパートに到着し、階段をのぼる前に二階を見上げてみるけど、専務の部屋の電気は消えたままだった。まあ当然まだ帰ってないよね。


「あ」

階段をのぼり始める直前、一階の102号室の玄関がガチャリと空いた。
出てきたのは、木崎さんだった。


「木崎さん。こんばんは」

私がそうあいさつすると、木崎さんはちら、とこっちを見て。

「……どうも」

と短く答えた。


引っ越しのあいさつの時以来に会った木崎さんは、あの時と同じ金髪で、だけどピアスの数が前より増えてる気がした。

そっけなさは、以前と同じだ。


それでも。

「あの、お父さんの具合、大丈夫ですか?」

私はおそるおそるそう尋ねた。
お父さんが入院なんて、木崎さん自身も不安だろうし……。



けど。


「なにが?」

「え? いえ、だからお父さんが入院したって聞いたので……」

「そんなの掃除をサボるためのウソに決まってんじゃねーか」


……え?

呆然とする私に、木崎さんは続ける。

「父親は入院なんかしてねえし、仮にしてたとしても誰が見舞いになんか行くかよ。家出中だぞ、こっちは」

「……」

「じゃ。俺、行くとこあるから」

そう言って、私の横を通りすぎていく木崎さんに、私は……。


「ま、待ってください!」

木崎さんは私から少し離れたところでぴた、と足を止め、顔だけ私の方に振り返る。
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